建築家/デザイナー 1967年生まれ。1989年明治大学工学部建築学科卒業。1994年英国建築家協会建築学校(AAスクール)修了。帰国後は建築設計、インテリアデザイン、プロダクトデザイン、サインデザインなど多岐に活動。ブランドのプロデュースやディレクションを手がける。2003年テラダデザイン一級建築士事務所設立。2011年テラダモケイ設立。2013年寺田模型店開店。2018 年-2024年 株式会社インターオフィス代表取締役社長 CEO。グッドデザイン賞など受賞歴多数。著書:『紙でつくる1/100の世界 テラダモケイの楽しみ方』2011年 『紙でつくる1/100の物語 テラダモケイ完全読本』2015年(共にグラフィック社刊) https://naokiterada.com/
Pavilion of JAPAN In-Between、(日本館2F 藤倉+大村インスタレーション)、19th International Architecture Exhibition of La Biennale di Venezia Intelligens. Natural. Artificial. Collective. Photo by: Luca Capuano Courtesy: La Biennale di Venezia
恥ずかしながら、ベネツィア・ビエンナーレ国際建築展に出向くのは初めてだ。
観光で賑わうサン・マルコ広場からヴァポレット(水上バス)に数駅分乗ると緑豊かな庭園、ジャルディーニに到着する。ビエンナーレはこの庭園内に立ち並ぶ世界各国のパビリオンがメイン会場となっている。ビエンナーレのユニークなところは各国とも既存パビリオンありきで、その中で展示・プレゼンテーションするのが前提で、建築空間を新築することなく、各パビリオンのインテリアという制約の中で「建築」を表現しなければいけないことだ。さらにこのパビリオンは名だたる建築家が手掛けている。例えばフィンランド館(1956)は同国を代表する建築家でアルテック社の家具も手がけたアルヴァー・アアルト、オランダ館(1953)はシュレーダー邸やデ・ステイルの活動で有名なヘリット・トーマス・リートフェルト、ヴェネズエラ館(1954)は地元ベネツィアの大建築家カルロ・スカルパ、オーストリア館(1934)はウィーン分離派の中心メンバーのヨーゼフ・ホフマン。大建築家たちの神々の集いと言ってもいいような環境だ。そしてその一癖も二癖もある展示空間をいかに活用するかがキューレーターやディレクターにとっては悩ましいところではないかと想像した。
本年2025年の国際建築展のテーマは「Intelligens. Natural. Artificial. Collective.(知性、自然、人工、集合体)」。テーマに沿って環境や人権などを扱った展示が多かったように思う。

Pavilion of DENMARK Build of Site、19th International Architecture Exhibition of La Biennale di Venezia Intelligens. Natural. Artificial. Collective. Photo by: Marco Zorzanello
スペイン館
「Internalities」をテーマに、スペイン各地を建築家、研究者、写真家がチームでリサーチし、その地域に根ざした建築をめぐる生態系を提示した。主に木材に焦点をあて、その生産、輸送、建設、廃棄に至るまでのサイクルを提案し、脱炭素化と地域内で完結する仕組み=インターナリティーズ・内在性をふんだんな模型、写真を用いて展示。圧倒的な数の模型は建築展として安心の展示だった。
デンマーク館
「Build of Site」と銘打った展示は、デンマーク館の改修工事そのものを見せている。多くのパビリオンが50年代に建てられ、時代とともに変わる展示内容への適応や、バリアフリー対応、気候変動による空調設備の必要性、年々上昇するベネツィアの潮位への対応などの改修工事が迫られている。防潮のために床あげ工事をおこなったデンマーク館は、現場の廃材を再利用する展示がメインだった。例えば、床下の土をアドリア海の漁業から調達した廃ゼラチンで固めて作られたテーブルなどで、短期間のイベントごとに外部から資材を持ち込んでスクラップ&ビルドを繰り返すのではなく、パビリオン内の完結した資源のみを再利用するハイパーローカルで持続可能な建築を示していた。

Pavilion of NETHERLANDS (The) Sidelined: A Space to Rethink Togetherness、19th International Architecture Exhibition of La Biennale di Venezia Intelligens. Natural. Artificial. Collective. Photo by: Luca Capuano Courtesy: La Biennale di Venezia
オランダ館
「Sidelined」と名付けられた展示はオルタナティブなスポーツバーを提案。スポーツは集団に共通の一体感をもたらしアイデンティティの形成、強化を促す一方、分断や対立を招くこともしばしばある。そこで未来へのツールとして新たな架空のチームスポーツを提案し、インクルーシブで豊かな社会を示した。黄色と紫色のユニフォームやマフラータオルを主催者はもとより来場者も身につけることができ、一体感を演出していた。
ドイツ館
タイトルは「Stress Test」。地球温暖化をテーマに、来場者は高温の実験室にまず通される。文字通りのストレステストだ。その後、高彩度の映像やグラフィックによって現在進行中の気候変動がリアルタイムで示され、改めて我々の置かれた状況を突きつける展示。そしてそれに続き、解決策も展示されていた。トランプにもぜひ観てもらいたい。

Pavilion of NORDIC COUNTRIES (FINLAND, NORWAY, SWEDEN) Industry Muscle: Five Scores for Architecture、19th International Architecture Exhibition Photo by: Marco Zorzanello Courtesy: La Biennale di Venezia
北欧諸国館
「Industry Muscle」。コンクリートの柱で突き刺された車や、スチールのシェルター、ガラス面のグラフィティといった荒々しい空間の中で、トランスジェンダーのアーティストがパフォーマンスをおこなう。トランスジェンダーの視点から標準化される建築に抵抗を示し、モダニズムという理想化に問題を投げかけている。また、建築は社会的、政治的な意味も担っているという視点から、建築が誰のためのものであるかを改めて問い直す展示になっている。

Pavilion of POLAND ‘Lares and Penates: On Building a Sense of Security in Architecture’ 19th International Architecture Exhibition of La Biennale di Venezia Intelligens. Natural. Artificial. Collective. Photo by: Luca Capuano Courtesy: La Biennale di Venezia
ポーランド館
「Lares and Penates: On Building a Sense of Security in Architecture」と名付けられた本展はなんとも微笑ましい展示だった。ラレースとペナーテスは古代ローマの家庭の守護神。タイトルには「建築の安心感の構築」とあり、人々に安心を与えるさまざまな事物が本来建築が持つ意味であるシェルターの中に収まっている。
例えば、伝統的な守り神として、家を雷から守るために窓辺に置かれる蜜蝋のキャンドル(ポーランド語で「グロムニツ」)、建設現場で事故を防ぐために掛けられる花輪(同「ヴィエハ」)、幸運がこぼれ落ちないように「U」の字に掛けられる蹄鉄など。そして現代的な守り神として、フレスコ画のように装飾されニッチに設置された消火器、防犯カメラ、数々の避難サイングラフィックなどなど、文化的・社会的背景を読み解きながらの「安心」の展示は大いに楽しめた。
日本館
そして、期待の日本館だが、他のパビリオンとは大きく異なる展示で難解さもあってか多くの注目を集めていた。
日本館の竣工も他の多くのパビリオンとほぼ同時期で50年代半ばの1956年。設計はル・コルビュジエに師事した吉阪隆正だ。エントランスが正面になく、庭園を回遊して展示室にアクセスする導線もあってか、日本的と評された。一階はピロティとなっており、屋外彫刻展示スペースとなっている。展示室は2階で回転する風車のようなレイアウトの4枚の壁柱によって支えられ、その中心に位置する方形の床の穴から1階のピロティーを見下ろすことができる。そしてその直上の2階天井にあるガラスブロックのトップライトから光が注ぎ込む構成だ。大胆な大理石の床のパターンも相まって展示には難しい主張の強い空間だが、吉阪は作家に「この空間に負けないぐらいの作品を創ってください」と言ったそうだ。
そして2025年、その吉阪の空間で「IN-BETWEEN(中立点 )」というタイトルの展示がおこなわれている。
筆者の興味は70年前の高度経済成長期のモダン建築にどうやって今日的な展示・提案を織り込むのかということにあった。
キュレーターは、国内外で活躍中の建築家の⻘木淳(AS Co. Ltd. 代表)。また、キュラトリアル・アドバイザーとして家村珠代(インディペンデントキュレーター、多摩美術大学教授)、出展作家として砂木(砂山太一+木内俊克による建築家ユニット)、藤倉麻子+大村高広(アーティストと建築家によるユニット)が参加している。
「中立点」とは人間と生成AIの関わりについての問いかけだ。近い将来、人間が一見間違いを全く犯さないように振る舞うAIに従属する社会が訪れることを危惧して、AIとの付き合い方=間合いを探るという展示だ。人間とAIはどちらかが一方に従属するのではなく、お互い間違いをおかしながら、青木の言葉でいうところの「ギクシャクした」対話を促す。

Pavilion of JAPAN In-Between(日本館1F 砂木インスタレーション)、19th International Architecture Exhibition of La Biennale di Venezia Intelligens. Natural. Artificial. Collective. Photo by: Luca Capuano Courtesy: La Biennale di Venezia
展示はアプローチの手すりから砂木による「アクチュアル」な作品が2階エントランスへと導き、2階展示室の藤倉麻子+大村高広による「フィクショナル」な映像作品に圧倒される。2階床の階下を見下ろす穴を通して、後に降り立つ1階を窺いつつ、スロープを下ると、穴を通して見た1階ピロティの「アクチュアル」な作品に辿り着くという順路だ。最後は、1階ピロティの頭上の2階への穴を見上げることによって、階をまたいで「フィクショナル」と「アクチュアル」が呼応していることを感じることができる。思い返すとその呼応というか関係性が「ギクシャク」している。そこに何か自分の問いかけを挟み込む余地が存在する。そしてその「ギクシャク」感は作品単体でも、また作品同士でも感じるのだ。そしてこの感覚は、吉阪の建築=日本館との関わりにもおよんでいる。
「ギクシャク」とは、まさにその対話、人間とAI、フィクショナルとアクチュアル、アートと建築との間合いの後味だったのだ。
建築・プロダクトデザインにおいて、産業革命をきっかけに大量生産を前提としたモダニズム運動が20世紀初頭に興り、その全くもって正しい主張に対する息苦しさと疲労が積もった70年代には、オイルショックによる石油製品に対する疑問、ベトナム戦争で浮き彫りになった政治社会に対する疑念も重なり、それらがポストモダン運動へとつながった。しかしそのポストモダンも一時の熱病のように過ぎ去り、今日は環境問題や人権問題がデザインをドライブするツールとなった。
今回の建築展ではこういった変遷の中で、国別の箱でオリンピックのように競い合うというスタイルに疑問を持ちつつ、それぞれの国民性が浮き彫りになっていたと感じた。環境・人権を従前のものとして捉え、その先をショッキングな方法で見せるスカンジナビア、現状を正面から受け取りそのまま吐き出すゲルマン、ウィットで目先を変えるラテン、スラブ。そしてヨーロッパの尺度で測れない日本。日本館はAIの未来に切り込んだユニークな展示で、ソリューションではなくクエスチョンを提示した唯一の存在だった。
全体を見回すと、多様性が求められる社会を目指すも、何か画一的な道徳感を押し付けられている感じがした。「パビリオンを運営する電力はソーラーパネルで賄われています」「終了後すべての資材は再利用されます」それらをクリアーするのは目的ではなく手段であるべきで、確実に実行するためにはそれは最も有効な手段でなければならない。日本館のように、問うこと、試行すること自体が、未来へつなぐ最も有効な手段であると信じることが必要なのではないか。未来を変えるには限られた時間しかないという危機感は持ちつつ、拙速な結論を出すのではなく、最も有効な手段であるという確信を持つための試行錯誤の余裕はまだ残されていると思う。
INFORMATION
第19回ベネツィア・ビエンナーレ国際建築展レポート
第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展
会期:2025年5月10日〜11月23日
会場:ジャルディーニ/アルセナーレ/ほか
キュレーター:カルロ・ラッティ
公式サイト:https://www.labiennale.org/en/architecture/2025
日本館展示
タイトル:中立点(英題:In-Between)
主催:コミッショナー|国際交流基金
キュレーター:青木 淳(建築家、AS Co. Ltd.代表)
キュラトリアル・アドバイザー:家村珠代(インディペンデントキュレーター、多摩美術大学教授)
出展作家:藤倉麻子+大村高広、砂木(木内俊克&砂山太一)
公式サイト:https://venezia-biennale-japan.jpf.go.jp/j/architecture/2025







