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EXHIBITION

「尾角典子 #拡散」展
space(十和田市現代美術館サテライト会場)
2024.7.6 – 9.8

Written by 住吉智恵|2024.11.2

 

青森県の十和田市現代美術館サテライト会場「space」で、ロンドンと京都を拠点とするアーティスト・尾角典子の個展「#拡散」が開催された。

尾角典子は1979年京都生まれ。世界を構成する法則や超越的な存在に対する強い関心をもとに、哲学、宗教学、量子力学、情報熱力学などの理論体系と、神話、伝説、オカルトといった民間伝承の物語や思想を織り交ぜた作品を制作している。その手法もまた多彩な領域を横断するもので、コラージュやアニメーションなど伝統的なハンドメイドの芸術表現と、VRやAIといった現代の先鋭的なテクノロジーを組み合わせ、独自の跳躍する視点とスケール感覚を持つ作品世界を生み出してきた。

筆者は2016年より、東京の各所で尾角の展覧会「The Interpreter」とそれに関連するダンスパフォーマンスを企画し、「VOCA展2019」(上野の森美術館、東京)では推薦委員として彼女を推した。類まれな探究心と情熱、そして硬直した脳神経系を振動させてくれるような奇想とユーモアに支えられた尾角の活動を高く評価しているからだ。

また、尾角は8月17日には、ロンドンでYBA(Young British Artist)を代表するアーティスト、サラ・ルーカスが始めた40代以上の女性作家による映像上映プログラム「BIG WOMAN」を企画し、同美術館と市の主催により日本で初めて開催された。

 

「尾角典子 #拡散」展示風景 2024年 撮影:小山田邦哉

 

本展の会場は、もともとアーティスト目[mé]による空き家を展示空間へと改装した作品『space』(2021)で、2022年度より美術館のサテライト会場として活用されている。かつて一階にスナック、二階に住居があった建物は長年にわたり市街地に馴染んできた。その外壁に唐突に開口部が出現し、内部のホワイトキューブと向こう側の空を素通しで見渡せるその様子はあたかも異次元ポケットのようで、不思議な時空の歪みを連想させる。

尾角はこの「ハコ(space)としての誰かの作品」と「その内側に存在する作品」という特異な入れ子構造に注目し、そこからビートニクの作家ウィリアム・バロウズの「Language is a virus from outer space(言語は外部から来たウイルス)」という一節に着想を得た。バロウズの本来の意図は「outer space(宇宙)」であるところを、ここでは「outer(外側の)space(場所)」と捉えている。さらに彼女は、「物質主義から離れて精神世界に繋がりを求めたビート・ジェネレーションの時代と、物質からデータへ移行しようとしている現代との関連性もそこに見出せるかもしれない」と述べる。

 

「尾角典子 #拡散」展示風景 2024年 撮影:小山田邦哉

 

外部から「space」に侵入した鑑賞者は、鍵穴のようにヒト型が切り抜かれ「いりぐち」と書かれたパネルをくぐってインスタレーション空間に足を踏み入れる。この導入は、ウイルスが宿主細胞の受容体に「鍵」と「鍵穴」のように嵌まることで、宿主の体内に侵入し感染する生態を示唆している。一方、足元の床にはさまざまな言葉がランダムに散らばり、壁面にはコンセプトマップのようなドローイングが象徴的に設置されていた。

鑑賞者はマイクに向き合い、自分の名前を音声でインプットするよう促される。すると画像生成AIにより、モニターに表示されたデジタル空間の「space」の画像とそのキャプションの文章が変化し、さらにその結果が自動的にインスタグラムの公式アカウント(*)にアップされ「拡散」される。

 

「尾角典子 #拡散」展示風景 2024年 撮影:小山田邦哉

「尾角典子 #拡散」展示風景 2024年 撮影:小山田邦哉

 

尾角が指摘するように、私たちがこの建物内に入ったタイミングや入力した名前は、一見ランダムのようだが、個人個人の因果に基づいた行動であり、最小単位のピュアなパーソナルデータである。AIによって突然変異した支離滅裂なイメージとテキストは、アルゴリズムに従い、過去のデータの因果関係に基づいて置き換えられている。つまりモニターに表示された画像はこれまでの全ての生成結果と自分のデータを元にしたものであり、次に訪れた人もまた自身とその前の全ての鑑賞者が入力した結果をもとに作品を体験する。ひとりひとりの持つ因果が影響しあうことで本作は形成されていくのである。

公式Instagram*の投稿では、「space」が日々刻々と更新され変容していく経過を見ることができる。個々のデータが次に訪れる他者のデータを侵食し、無限に影響を与えながら繋がっていく・・・その美しくも不気味な風景に圧倒される。

ちなみに筆者の「space」は小部屋が凸凹とおできのように増殖した建物で、まあまあ長く生きてそれなりにいろいろあったにせよ、これが自分の名前から紐付けられた因果の歪さかと苦笑した。試しに次は「スティング」と入力してみたら、いきなりシュッとした端正なグラスキューブに変わるではないか。ほかにも卵形の宇宙船や山なみの風景を閉じ込めた迷宮、巨大な拳銃が浮遊する箱など、一体どんな因果でこうなるのか?と首を捻るものばかりだった。

 

 

8月18日には美術館の公共スペースで、尾角による「#拡散」展についてのレクチャー・パフォーマンスとワークショップが開催された。レクチャー・パフォーマンスでは、会期中に生成された画像のアーカイブをもとに、本展会場内のコンセプトマップにも記されたキーワードを散りばめながら、創作のコンセプトとその考察についてひもといてみせる。ラストは、生成された支離滅裂なテキストを歌詞としてAIが作曲したミュージカル調の楽曲をおもむろに歌いだし、立ち上がって踊るという仰天の展開を見せた。これらの楽曲を厳選したプレイリストが公開されているので聴いてみてほしい(*)。整然と狂い咲いた「space」のイメージと同様に、洗練された音楽として聴くに堪えるばかりか、ところどころ聞き取れるようでいて文脈に乗れないリリックが外国語と母国語の混じったラップのようで、理性や道理ではどうにもならない因果関係の妙を感じさせる。

またワークショップでは、本プロジェクトの重要な要素のひとつであり純度の高いオリジナルデータである「名前」の文字でワッペンを作り、それを参加者が一文字ずつ交換してTシャツにプリントした。それぞれ固有の「名前」を形づくり、他者に託すというクリエイションを通して、自分の名前の一部が誰かの一部として「拡散」されていく。「どんな言語や行為も未来に影響をもたらす情報になり得る」という本作の概念をフィジカルに掴むことのできる目ウロコ的体験だった。

 

「尾角典子 #拡散」展示風景 2024年 撮影:小山田邦哉

 

尾角が語ったように、因果がランダムな様相で循環していく社会環境とはこれまで人間間に限られたものと捉えられていたが、私たちにとって規模が大きすぎてランダムに見える自然物や情報なども実は因果に基づいて循環している。さらにいまこの循環の中にAIという存在が介入してきた。私たちの世代はまさにその転換期にいるといえるだろう。人間とAIが共存する100年後、200年後の社会を生きる人々にとって、AIに導きだされた<解>とは間違いなく私たちのインプットに起因するものだ。いまこの瞬間も、私たちは未来社会の基盤となり得る「アーカイブ」の鍵を手にしているのだ。

尾角がこのプロジェクトの端緒において注目したのは、世界に遍く共存共栄し、ときに人間を脅かすウイルスの生態だった。ウイルスが宿主の細胞に侵入し増殖するように、言葉や思考もまた人間に影響をもたらし感染拡大していく。さらにいまAIというデジタルテクノロジーの力を得て、それらが変異を繰り返しながら遥か未来まで循環すること、そして誰にもその連鎖を止めることができないことを、本作はあらためて気づかせてくれた。

十和田から帰京して以来、これまで無防備かつ不用意に書き散らし言い放ってきた言葉が孕んだ極小の「種子」の空恐ろしさに身悶えするような内省をじわりと味わっている。さらに、外圧に影響を受けないニュートラルな「批評のアーカイブ」を目指すメディアの意義と責任に思いを馳せ、居住まいを正さずにはいられない。

 

*プレイリスト

!https://soundcloud.com/towada_sapce/sets/spread-playlist

 

「尾角典子 #拡散」展Instagram公式アカウント
@towada_space

https://www.instagram.com/towada_space/

INFORMATION

「尾角典子 #拡散」展

会期:2024年7月6日 - 9月8日
会場:space(十和田市現代美術館サテライト会場)
主催:十和田市現代美術館

尾角典子 企画:「BIG WOMENフィルム上映会+交流ワークショップ」
日時:2024年8月17日
会場:市民交流プラザ「トワーレ」 展示室
主催:十和田市現代美術館、十和田市
https://towadaartcenter.com/events/big-women-film-festival_240817/

WRITER PROFILE

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住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1990年代よりアート・ジャーナリストとして活動。2003〜2015年、オルタナティブスペースTRAUMARIS主宰を経て、現在、各所で現代美術とパフォーミングアーツの企画を手がける。2011〜2016年、横浜ダンスコレクション/コンペ2審査員。子育て世代のアーティストとオーディエンスを応援するプラットフォーム「ダンス保育園!! 実行委員会」代表。2017年、RealJapan実行委員会を発足。本サイトRealTokyoではコ・ディレクターを務める。http://www.traumaris.jp 写真:片山真理

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