アートライター、編集者、コーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場に携わる。RealTokyo編集スタッフ。
「Ring of Fire – ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」(夜のプログラム)展示風景 写真:近藤拓海
瀬⼾内海に浮かぶ数多の島々の⼀つである直島は、島の⾵景に介在する野外彫刻や空き家等を再⽣したアートプロジェクトで知られる「アートの島」だ。その直島の本村地区に、新たなコミッションワークが誕生した。「Ring of Fire – ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」は、本村地区に建つ築100年以上の家屋「またべえ」の母屋を舞台に、アーティスト、へギュ・ヤンとアピチャッポン・ウィーラセタクンが初めていっしょに臨んだサイトスペシフィックな作品だ。昼をヤン、夜をウィーラセタクンが手がけ、別々のピースでありながら、一対の体験を織りなしている。
直島での構想について対話を重ねるうちに、二人は太平洋を取り囲むように続く火山の輪、環太平洋火山帯=リング・オブ・ファイヤーに着目した。南米大陸から中米・北米を経て日本列島、フィリピン諸島、ニュージーランドへと約4万キロメートルにわたる蹄状の火山帯。ここに世界の活火山の75%が集中し、地球上で起こる地震の約90%が発生するといわれる。そしてその大地の移動が多様な自然環境を生み、多くの生き物の生命を育んできた。二人は火山の激しいエネルギーを地球の生の衝動と捉え、それぞれのアプローチで島の家に接続しようと試みた。
はじめにまたべえを訪れたのは夜だった。苔庭の飛石を渡って室内へあがると、薄暗い続きの間にヤンの彫刻があり、同じ空間で「ウィーラセタクンの月」の出を待つ。

「Ring of Fire – ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」(夜のプログラム)展示風景 写真:近藤拓海

「Ring of Fire – ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」(夜のプログラム)展示風景 写真:近藤拓海
アートと映画の両分野で活動し、近年映画の概念を拡張するような実験的作品を次々と発表するアピチャッポン・ウィーラセタクンが、今回直島で挑んだのは、地球の記憶だ。過去124年間の環太平洋火山帯における地殻変動のアーカイブを、パルス音や振動、波形のイメージ等に置き換え、劇場でのスペクタクルよりも親密な幽玄の屋敷を出現させた。日本家屋の床の間や欄間、畳、障子をスクリーンに、島や火山の断片的なイメージが現れては消え、見る者を取り囲む。そこには彼の映画でおなじみの俳優、サクダとジェンジラーの姿もある。地球の心電図のような波形が空間を横ぎり、160年前にインドネシアの画家ラデン・サレーが描いた噴火する火山の絵が幻のように浮かぶ。これは誰の夢なのか。過去も現在も、夢も現実も、境目なく溶け出しているところがウィーラセタクンらしい。ちなみに島の人の話によると、またべえには夜、小さな蛇が訪れるという。「雨月物語」のようなそのエピソードを作家が気に入ったのはいうまでもない。

「Ring of Fire – ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」(昼のプログラム)展示風景 写真:近藤拓海 へギュ・ヤン「Mesmerizing Votive Pagoda Lantern – Snow Volcano Ultramundane Flowers」2024

「Ring of Fire – ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」(昼のプログラム)展示風景 写真:近藤拓海 へギュ・ヤン「Sonic Erruption Upside Down – Slender」2024
翌朝、日が昇ると「ヤンの太陽」の時間だ。昨晩暗がりに見たオブジェの正体は、さぬき灯籠に着想を得たという紙細工を施した灯籠1つと、赤と銀の無数の鈴からなる2つの彫刻。南北の苔庭には小さな火山の彫刻が点々と配置され、風を招くように部屋の障子は開け放たれている。2016年に建築家・三分一博志がまたべえを改修した際にこだわった、本村集落の自然と暮らす知恵を継承した家の特徴も確認できる。
さまざまな地域の文化や自然科学等を参照し、ハイブリッドで越境的な独自の視覚言語を生み出すヘギュ・ヤンは、過去へ向かったウィーラセタクンとは対照的に、地質学的な動きの今を捉えようとした。地殻変動による揺れを地震計がキャッチすると、そのデータがリアルタイムに変換され、彫刻に光と回転、振動を瞬時に引き起こす。工芸的な手仕事とテクノロジーを高度に融合したそれらの彫刻に、地震速報装置よりもまじないの術具を連想する。その場にいた20分ほどの間に3度、灯籠が赤く点灯してゆっくり回り、鈴が一斉に震えて数十秒間鳴り続けた。アラートのような鈴の高音に一瞬身構え、この瞬間揺れているどこかの土地を想像した。

「Ring of Fire – ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」(昼のプログラム)展示風景 写真:近藤拓海 へギュ・ヤン「Minor Eruption – Sonic Golden Wreath」2024
物理的で強い存在感を放つヤンの立体と、亡霊のように現れかたちを残さないウィーラセタクンの現象。昼と夜、過去と現在。さまざまな対からなる、2つであり1つでもある作品は、自然災害の多い日本でことさらリアルに感じる地震データを扱いながら、神話や歴史、地学や内宇宙を辿る観念的な旅へ人々を誘うものだった。海を隔てた遠い島に招かれた昼と夜の旅人は、訪れた土地と⾃⾝の間にある本質を誠実に探究し、最終的に大きなつながりの中にある根源的な⽣へと帰着した。自然との距離が近い直島で、人間中心の限定的な世界を開き、自然と連続した豊かな生を再発見すること。そのつながりの発見こそが、直島にアートがあり、私たちが直島を訪れる理由なのかもしれない。
INFORMATION
Ring of Fire -ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月
会期:2024年6月21日より一般公開中
場所:またべえ(香川県香川郡直島町844)







