アートライター、編集者、コーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場に携わる。RealTokyo編集スタッフ。
欧州文化首都「Bodø2024」
ノルウェーの首都オスロから北に飛行機で約1時間半、北極線の北に位置するボードー市は、ヨーロッパでも特に人口密度の低いヌールラン県の県都。2024年、北極圏で初めての欧州文化首都「Bodø2024」が1年にわたり開催され、美術、工芸、演劇、ダンス、音楽、食等、あらゆるジャンルの1000におよぶプログラムが地域全域で繰り広げられた。
欧州文化首都とは、欧州全土から選ばれた開催都市が1年を通して芸術文化事業を開催する、1985年から続く欧州屈指の大規模文化事業。設立当初から多文化主義を掲げ、現在は、日本をはじめ世界100ヵ国以上のアーティストが参加するグローバルイベントに発展している。長期的な文化・観光戦略が目標の一つにあることから、近年は大都市よりも小規模な地方都市で開催されるようになった。2024年はボードーのほか、タルトゥ(エストニア)、バートイシュル・ザルツカンマーグート(オーストリア)が欧州文化首都のホストをつとめた。

まちの中心部のカルチャー街区。後ろの建物は受賞歴のある図書館で設計者はDRDHアーキテクツ
ボードーは、豊かな自然を資源にした水産業や観光業が盛んなまち。NATOの軍事空軍基地があり、冷戦下では核の緊張も経験したホットスポットだったが、現在は戦略的に文化のまちへとアイデンティティの再構築を図っている。建築賞受賞歴のあるストルメン・コンサートホールと図書館、海洋交易の歴史と沿岸文化を伝えるイェクト貿易博物館、巨大なノルウェー航空博物館 など、特徴ある文化施設を有している。また先住民サーミが暮らし、サーミの文化や伝統が息づく土地である。

ノルウェー航空博物館では、他の欧州文化首都の博物館などと協働で、冷戦下の個人の記憶をアーカイブするプロジェクトを始動した
ボードーの夏は6週間白夜が続き、冬は太陽がのぼりきらない。Bodø2024は、北極圏の人々と関係の深い太陽の光を1年かけて追うことをテーマにプログラムを展開した。私が訪問した11月の終わりは、冬至に向かって日に日に夜が長くなり、まちも人もうつむきがちな季節。大規模なイベントはすべて終了し、最終章を迎えた季節のテーマは、「Arctic Light(北極圏の光)」。暗さではなく光の方に目を向けて、ライトアップや光のインスタレーションのほか、小規模で親密かつ内省的なプログラムが多数開催された。
プログラムの特性を表すもうひとつのテーマが、「つながりを通じて能力を構築する」だ。ボードーが欧州文化首都に選ばれた大きな理由は、北部ノルウェーが抱える若者の人口流出という問題に対して、若者をターゲットにした明瞭なプロジェクトの存在だったという。若者にとって魅力的なプロジェクトを若者自ら企画し運営した「UNG2024」はその好例だ。グローバル社会で複雑化する地域の問題に文化の役割を示し、自律した担い手の育成とネットワーク構築を支援する。Bodø2024は、盛大な祝祭であったのと同時に、新しい眼で地域が自ら開いていくプログラムを重視した、地道な対話のプロセスでもあった。

Bodø2024のプログラム・ディレクター、ヘンリク・サンド・ダグフィンルド。「アーティスティック・ディレクターではなくプログラム・ディレクターと名乗ることで、つながりを作ることに集中できた」と語る。
Bodø2024終盤の11月後半、日本とノルウェーのアーティストによるライブパフォーマンスが開催された。今回のプログラムをサポートしたEU・ジャパンフェスト日本委員会は、欧州文化首都のパートナーとして、1993年から30年以上にわたり、欧州文化首都の日本関連プログラムを継続的に支援するNGO団体。欧州文化首都における日本関連のプログラムを準備から開催、そしてその後の継続・発展まで、長期的な視点で支援を行う。また、日欧のアーティスト等による国際的なネットワークの構築や、海外渡航の支援にも力を入れているのが特徴だ。Bodo2024では、日本のアーティストが参加する11プロジェクトを支援した。そのなかで今回のコラボレーションは、異なるジャンルのアーティスト同士による、はじまりのイベントとして位置づけられた。
Finnmark FantAsia 2024年11月21日@ストルメン・コンサートホール

ヨン=コーレ・ハンセン(ギター、ヨイク)x 小湊昭尚(尺八)、ヨナス・カールセン(ドラム)マルティン・ヴィンジェ(キーボード)
作曲家でミュージシャンのヨン=コーレ・ハンセンのバンドと日本の尺八奏者小湊昭尚によるライブ。ノルウェー最北部フィンマルクに住むハンセンは、サーミとしてのアイデンティティを大切にしながら多岐にわたる音楽活動を行う。アルバム「Finnmark Fantasia」は、フィンマルクの厳しい環境を生き抜く人々に捧げたアルバムだ。ジャズを基調にした演奏にハンセンの温かいギターの旋律。そして普段から邦楽から洋楽、現代音楽までジャンルを問わず活動するという小湊の表現豊かな尺八の音色には、新鮮な驚きがあった。アンコールで、ハンセンがサーミ独特の歌「ヨイク」を歌い、小湊が北海道の民謡「江差追分」を即興で合わせた一曲は、この日もっとも印象に残った。互いのこぶしの共鳴が、距離や時間を越えて北国の精神性を結んでいた。
ダブルコンサート 2024年11月22-23日@ベディンゲン文化会館

“Seeds in the Wind” 鵜澤加那子(ダンス、ムックリ)xヨン=コーレ・ハンセン(ギター、ヨイク)
翌日は、2つのライブパフォーマンスが行われた。ノルウェー北部のトルムソ在住でアイヌ研究者・権利活動家としても活動するアーティストの鵜澤加那子は、アイヌの古式舞踊やムックリなどアイヌ文化を取り入れた独自の身体表現で、現代に生きるアイヌである自身と向き合う。今回は影絵の手法を取り入れ、中央のスクリーンにフィヨルドの映像を写し、スクリーンの前後で踊る鵜澤の影や姿を映像と重ねた。自らの身体を通してルーツを探り、過去と現在と未来をつなごうとする鵜澤の挑戦と、新しいサーミの音楽をつくるハンセン、2つのアイデンティティがステージで交差した。

”HEAR THE DANCE, SEE THE MUSIC” 西野麻衣子(ダンス)✕ マリウス・イェルショー(トランペット)
ノルウェー国立バレエ団のプリンシパルを長年つとめ、現役引退後はフリーランスのダンサーとして活躍の場を広げる西野麻衣子。一方、作曲家で音楽プロデューサー、トランペット奏者のマリウス・イェルショーは、日本文化に高い関心を寄せる。二人は「幽玄」という日本語が想起させる幻想世界を、音と身体と映像で表現した。
「オペラハウスで踊る時と違って、今夜はミュージシャンと観客との距離がずっと近い、その環境が新鮮です」という西野は、ステージと客席が一体化した親密な空間で、クラシックとコンテンポラリー両方のアプローチから、イェルショーのアルバム「Yugen」の音楽をまとい観客を魅了した。イェルショーのハスキーなトランペットとアンビエントなエレクトロ、空間を舞う西野の優雅なムーブメントは、抽象的な映像のうつろいとともに、深い夢のような時間を作り出した。そのイマーシブな体験は、場所の特性によって変化する可能性も感じられた。続きが見たいと思った。
いくつもの国が隣りあう欧州で、欧州⽂化⾸都は、終始一貫して文化の多様性を強調してきた。私たちを取り巻く複雑で難しい問題を考え続けるためにも、私たちは出会い続けなければならない。Bodø2024とは、新たな視点をもたらす出会いを無数に⽣み出す実験的なプラットフォームなのだと理解した。
INFORMATION
欧州文化首都Bodø2024「Arctic Light」
会期:2024年2月3日 - 12月22日
会場:ボードー市、ヌールラン県全域、ノルウェー
主催:欧州文化首都







