東京都現代美術館学芸員。企画担当した展覧会に「大竹伸朗 全景 1955-2006」(2006)、「山口小夜子 世界を着る人」(2015)、「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」(2015)、「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」(2020)、「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する](2021)、「日本現代美術私観 高橋龍太郎コレクション」(2024)など。札幌国際芸術祭2017ではバンドメンバー(キュレーション担当)として参加。雑誌等に日本の近現代美術についての寄稿多数。4月28日より「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジコ Time Unfolding Here」(東京都現代美術館、2025)。
©Odawara Art Foundation photo: Changsu, Timothée Lambrecq
昨年末、短い午後の陽の光が差し込む江之浦測候所で、「MUSICS あるいは複数の音楽たち その2」と題された大友良英を中心とする即興のパフォーマンスが開催された。江之浦測候所は、杉本博司が長い時間をかけ、古の遺物を移し、起伏に富んだ風景を借りながら、複数の時間と空間をコラージュするように作り上げてきたそれ自体が彼の一つの作品と言うべき場所である。太平洋を望む舞台や、果樹園、竹林などの複数の場所を回遊することで趣の全く異なる風景を楽しむことのできるこの場所では、これまでも空間全体を使った即興的なダンスや音楽の催しが行われてきた。2021年、クリスチャン・マークレーが2日間にわたり主宰した「Found in Odawara」に参加した大友良英は、この場所の持っている潜在的な可能性に魅了され、2022年に新しい即興音楽のプロジェクト「MUSICS あるいは複数の音楽たち」を開始した。10人の演奏家と1人のダンサーが参加する今回は、その第2回である。

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入り口近く、能舞台と同じ寸法で作られた石舞台の周辺に、電車やバスを乗り継いで到着した観客が三々五々集まりはじめると、すでに何人かの演奏者が舞台の周りに座り、何かしらの音を立てている。大友は段ボールを擦り、山崎阿弥は箒で石の敷き詰められた地面を掃いている。舞台の上にいる人もいるが、何かをこれからはじめるという昂りのようなものは感じられず、たまたまそこに登ってみたという趣である。
その後、演奏者たちは、各々散り散りになって、杉本の「海景」シリーズが常設されている「夏至光遥拝100メートルギャラリー」や「冬至光遥拝隧道」、「光学硝子舞台」などへ移動していく。鑑賞者たちも自由気ままに彼らとの出会いを求めて歩き、解放的な空間に広がっていく音を聴く。ふとした物陰で、ひっそりと奏でる場面に立ち会うこともあれば、行き合う演奏者同士が交わす束の間のセッションに耳を傾けることもある。

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私にとって印象的な場面の一つは、農家の道具小屋を整備し、杉本の貴重なコレクションを納める「化石窟」と、その周りで起こったいくつかの出来事だった。すり鉢の底のような小さい広場があり、さらに下層にある竹林との中継地点のような場所である。前回は、この場所やもう少し上層にある「甘橘山 春日社」の脇にドラムセットが組まれ、芳垣安洋と石原雄治のふたりのドラマーが音を出していたと記憶している。全体を支配することのないように細心さを持って繰り出されていたが、ドラムの打音は空間全体に散らばる音を束ね締める効果があった。しかし今回は、ひたすら小さなおしゃべり、すれ違い様に交わす挨拶のような、「弱い」やりとりだけがある。Sachiko Mが「化石窟」の竹の外壁を棒で叩き、大友良英がシャボン玉を吹き、松丸契が下の竹林に石を投げ込んでいる。サンプラーやギター、サックスといった彼らの「楽器」を使わずに、江之浦測候所を直接鳴らすような真にサイトスペシィフィックな音楽。竹林は物が当たると跳ね返り、面白いリズムと反響を起こす。それに気づいた観客も真似をして石を投げる。途端に、そぞろ歩く人々の足音も音楽になって聞こえてくる。頭上の木に止まっている鳥の囀りが旋律を伴って耳に入る。演奏者と観客という枠組みだけでなく、この「イベント」を規定している時間と空間からも解放された領域に投げ出されたことを感じる。

©Odawara Art Foundation photo: Changsu, Timothée Lambrecq

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いつの間にか「化石窟」の中で、大友良英と巻上公一のセッションが始まっているのが窓越しに見える。その小さな小屋のすぐ脇では、ミカド香奈子の横笛に合わせて首藤康之が体を動かしている。先ほど同じ場所でシャボン玉を吹いていた大友の姿が重なり、唯一音楽家ではない参加者であった首藤も、ダンサーではなく、「音を出さない」演奏者に見えてくる。小屋の中と外の二つのセッションは互いに関わりがなく、それぞれ自律した流れの中にある。この複数の音楽を同時に聴くという経験は、「MUSICS」と名付けられたこのイベントのコンセプトを強烈に印象づけるものであった。

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大友良英は長年にわたり、音楽を「個人の歴史軸がいくつも交差する空間、そこで起きる出来事として」捉え、それを「アンサンブルズ」と名づけて実践し思考してきた (注1)。音楽には本質的に他者との協働を求める特性があり、そこには常に、演奏者だけではなく、技術者やスタッフ、鑑賞者までも絡み合い、生活空間も含めてそれが存在する社会のありようが反映されているのだと大友は考える。東日本大震災以降、日本の表現の現場が経験することになったコミュニティの分断と再生という主題に、大友の活動が多層的に影響を与えてきたのは周知の通りである。互いに交差すらしない音楽が併存するというこの「MUSICS(複数の音楽たち)」は、「アンサンブルズ」のさらなる展開なのだと考えたくなる。誰も全てを聴くことはできず、同じ音楽を聴くこともできない。ジョン・ケージの「ミュージサーカス」へと遡る、個と全体を巡る社会のメタファーとしての「音楽のあり方」が、さらに開かれたものとして更新されたように感じる。

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さて、大友のカッティングに巻上のリズミカルな口琴と声が重なり、聴衆が詰めかけた小さな「化石窟」が活気に満ちる様を窓の外から眺め(聴き)ながら、私はなぜかそこに、ジャズが発展したと言われる禁酒法時代の酒場のような、隠れたサンクチュアリを想像し重ねていた。「MUSICS」は、音楽を「箱」から解放し、演奏者と観客をはじめとするあらゆるフレームから解放する試みである。一方で音楽が、囲われた空間、聴衆というコミュニティの存在を前提に、日常の音から切り離された表現として発展してきたことも確かだろう。あらゆる因習、イディオムや形式を疑いながらも、大友が、そこで問い直されたものを切り捨てるのではなく、それらを更新することで乗り越えるような実践を繰り返してきたことを思い出したい。最も先鋭的な音楽の作り手であると同時に、国民的なヒットともなった「あまちゃん」の劇伴の作者であり、往年のポップスやジャズの伝道師でもあることは大友の中では矛盾しない。解放された空間の中に挿入された「箱の中の音楽」は、そのことを改めて伝えるものだった。

©Odawara Art Foundation photo: Changsu, Timothée Lambrecq
そうしてみると、演奏者たちが再び戻ってきた「光学硝子舞台」で、衣装を改めた首藤康之のパフォーマンスを中心に展開した最後のシークエンスについても、捉え方が変わってくる。奥に広がる海の水平線も取り込んでいくような動きやその存在感は見応えがあったが、舞台というフレームで展開する、音楽を伴奏としてしまうようなその視覚性は、ともすれば「MUSICS」のコンセプトを瓦解させてしまうきらいもあった。(実際に終演後、周りにいた鑑賞者からそのような感想も聞かれた。)しかし、冬の夕暮れ近い光のなかで、人々が寄り添う空間を作り出したのはほかでもなく音楽であり、こうした営みの、古からの厚みも含めて私たちはこれを「聴く」べきなのだろう。大友は、知的障がいを持つ子供たちと長年続けてきた「音遊びの会」についての講演会のなかで、独特の音を即興で出していたメンバーの一人が、楽器を学び「見上げてごらん夜の星を」を吹くようになった時、最初は少しがっかりしたものの、次第にそれを宝物と思うようになったと語っている(注2) 。すべての人に開かれ、「自由」という概念を体現するはずの即興音楽が、時に排除や新たな因習を作ってしまう危険について、大友は常に意識的である。「MUSICS 複数の音楽たち」は、行きつ戻りつの思考とともに「あるべき音楽のあり方」を模索してきた大友の、ひとまずの通過点である。アンサンブルの構造が初回と今回では大きく違ったように、「あるべき」という答えもまた一つでなく、それがさらに更新されるであろう次の機会を楽しみに待ちたいと思う。
注1:大友良英『MUSICS』岩波書店、2003年、p. 186
注2:大友良英「第23回学術大会基調講演 音楽のハードル−知的障がいを持った子供たちとの18年にわたる音楽経験から−」『日本音楽療法学会誌』23巻、2号[抜き刷り]、2023年、p. 66
INFORMATION
大友良英「MUSICS あるいは複数の音楽たち その2」
日 時: 2024年12月8日
会 場:小田原文化財団 江之浦測候所
出演アーティスト:アンサンブルメンバー 大友良英(percussion, objects)、江川良子(sax)、木村仁哉(tuba)、Sachiko M(objects)、シェリル・オン(percussion)、首藤康之(dance)、巻上公⼀(voice)、松丸契(sax)、ミカド香奈子(fue, narimono)、本藤美咲(sax)、山崎阿弥(voice)







