建築史・批評家。東北大学教授。 ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2008の日本館コミッショナー、あいちトリエンナーレ2013の芸術監督などをつとめる。 著作に『現代日本建築家列伝』や『建築と音楽』など。
©Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo
2025年の地獄めぐり
海からはじまる多言語の空間
敗戦から80年の節目となる8月15日、『ナターシャ』の世界初演を観劇した。一見、普通のタイトル・ロールであり、オペラでは登場人物の名前が作品名になることはめずらしくない。だが、この作品はナターシャをめぐる恋物語ではなく、現代社会の問題を描きだしているところが通常のタイトル・ロールとは異なる。
筆者は、観劇の直前、竹橋の国立近代美術館と国立公文書館、そして九段北にあるしょうけい館(戦傷病者史料館)において戦争に関する展示をはしごして鑑賞し、ついでに靖国神社の状況を「見学」したところ、すごい人出だった。物々しい警備がなされていたが、すでに政治家の参拝は終わっていた。靖国神社から新国立劇場に直行したため、いつもより外国人の観衆が多く、集まる人々の構成が場所によってあまりに違うことに面食らったが、自ら過去の戦争責任を清算できないシンボルである前者に対し、現代音楽のオペラ『ナターシャ』は地獄めぐりを通じて、今も世界で続く戦禍や災害、あるいは全人類が背負う環境破壊について問いかける。芸術監督の大野和士から作曲家の細川俊夫への最初の打診は2019年、途中にコロナ禍も挟むので、2025年の夏の公演になったのは偶然かもしれないが、個人的には興味深いタイミングだった。現在、大阪・関西万博が開催中だが、1970年の大阪万博はヤニス・クセナキスや武満徹など、現代音楽が一般大衆に提供されたのに対し、今回はそうした前衛的な芸術家を起用するパビリオンがないことも気になっていたからだ。

©Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo
作品の冒頭は、始原の海。そこは生命の源である。細川によれば、創世記をイメージするとともに、言葉が生まれる場所とされている。コーラスが、30以上の言語で「海」という言葉をささやき、その音がホールを包む。電子音響を担当した有馬純寿によって、3層の客席側に20以上のスピーカーが配置され、立体的な音の空間が出現し、強烈な風景が創造されていた。まだリズムの輪郭などはないが、まるで音楽という芸術の始まりのようでもあった。そこに破壊されたウクライナからドイツに逃れた移民のナターシャと、日本のおそらくフクシマに暮らしていたが、地震と津波で母と郷里を奪われたアラトが登場する。前者はウクライナ語やドイツ語、後者は日本語を使う。通常は字幕を横目に見ながらオペラを鑑賞しているが、ときどき翻訳なしに理解できる日本語が耳にすっと飛び込んでくる不思議な時間を過ごした。多言語を使う小説家の多和田葉子が台本を執筆したのは、必然のように思われる。異なる出自の二人は、互いの言葉は通じないが、音楽を媒介して、心を通わせる。台本を確認すると、アラトがナターシャのドイツ語による台詞を音として繰り返す場面もあった。

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この作品では、ほかに英語、フランス語、中国語などが使われ、8ヶ国語によって詩が重なりながら、朗読されるシーンもあった。長崎の婦人とアメリカ人がともにイタリア語で歌うように、別の言語に翻訳したり、ひとつの言語に集約させるのではなく、『ナターシャ』では、ばらばらの言葉がそのまま共存している。移民排斥の風潮が強くなる日本において、多言語のオペラが実験的に試みられたことの意義は大きい。また、地獄めぐりの一場面である「ビジネス地獄」では、「じゃらじゃら、じゃらじゃら」や「ばりばり、ばりばり」など、日本語で使われるオノマトペも効果的に用いられていた。なお、ナターシャとアラトの関係は、従来のオペラが得意とする男女の性愛ではない。それぞれソプラノ(細川の作品を歌ってきたイルゼ・ローレンス)と、メゾソプラノ(山下裕賀)が担当しているが、「ばらの騎士」のような男装とも違い、もっと普遍的な愛が表現されている。あまりはっきりとはジェンダーを記していなかったように思うが、アラトはマッチョな男性ではなく、少なくとも青年のイメージだろう。
地獄めぐりの風景の果てに
ダンテの『神曲』のごとく、二人はメフィストの孫(バリトンのクリスティアン・ミードル)の案内によって、めくるめく展開する7つの地獄を体験していく。最初はすでに伐採されて、木がない樹海「森林地獄」、次のグローバル資本主義が欲望を増殖させる「快楽地獄」ではプラスチックで汚染された海において、エレキギターとサクソフォーンが即興的な演奏を行い、二人のポップス歌手(森谷真里と冨平安希子のダブル・ソプラノ)、ビニールの衣装を着用したコーラスが登場する。そして3番目は大波に飲まれる「洪水地獄」、高層ビルの外観を背景にオフィスが舞台となる「ビジネス地獄」、環境破壊に抗議するデモ隊が革命を叫ぶ「沼地獄」、すべてを焼き尽くす「炎上地獄」と続き、最後が干上がった砂漠のような「旱魃(かんばつ)地獄」である。いずれもテーマは深刻だが、ドラマティックな場面が入れ替わり出現するので、視覚的には楽しい。もちろん、音のタイプも、いわゆる現代音楽だけでなく、ロック風、シンセサイザー、ノイズ、ビニールが擦れる音、ミニマル・ミュージック、静寂、水の音を含む世界各地で録音された様々な音響などのバラエティがあり、それぞれの地獄のキャラクターを際立たせる。これらの場面が水や火などの要素を含むことを踏まえると、四元素にもとづくフリーメーソンの入会儀式を組み込んだモーツァルトの「魔笛」の形式も想起される。

©Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo

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ともあれ、興味深いのは、これらの地獄が、あの世のものではなく、われわれが生きている現実そのものであることだ。例えば、それが明快に示されるのは、「ビジネス地獄」の現代都市やオフィスのイメージのほか、「沼地獄」においてスクリーンに大きく映しだされる原子力発電所だろう。社会問題については、ややステレオタイプな表現という批判もありうるが、かといって難解で抽象的であれば良いというものではない。公演のパンフレットに多和田が寄稿したX国のジャーナリストによる(おそらく)架空のメール・インタビューに答えた体裁の文章には、こう書かれていた。オペラもアニメもまずキャラクターが登場するが、「衣装と背景にある風景のつくる雰囲気のようなものが意外に大切なんです。最初はちょっとステレオタイプみたいに無防備に出てきて、・・・目の前に並ぶ単純な人形みたいな具体性はやっぱり必要なんです。それは色であり、形であり、観客の目がそこに落ち着いたところで初めて、各人の複雑な深さが声と音楽によって表現されます」。いずれにしろ、筆者の場合、これらを目撃した後の「炎上地獄」は、スクリプトにそうした説明はないが、原爆が落ちた後の風景のようにしか見えなかった。

©Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo

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建築を専門とする筆者にとって、クリスティアン・レートンの演出・美術と、クレメンス・ヴァルターの映像は、素晴らしいものだった。何よりも驚かされたのは、これだけの内容を表現するのには、かなり大がかりな舞台美術のセットが必要だと思っていたのだが、実際は立体的なモノがほとんどないのである。基本的には全体をおおうスクリーンのほか、上下の端部が少し横に伸びる縦長のスクリーンが左右にスライドし、マルチ・レイヤーを構成するのだが、そのフォーメーションの変化とプロジェクションされる映像、そして上下する水平の台によって、物語の背景を成立させていた。例えば、縦長のパーツの組み合わせが変わることで、「洪水地獄」では渦の奥行き、「沼地獄」のときはゲートや高架下、「炎上地獄」ではキノコ雲のかたちを連想することができた。すなわち、注目すべき多層のスクリーンと映像による空間表現だった。

©Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo
ラストの演出は、ほとんど夢のように美しい。地獄の底にまでたどり着いた二人は、逆さまのピラミッドに出会う。これはボッテチェッリが描いたすり鉢状の「地獄の図」(1490年頃)が参照されているが、倒立したバベルの塔でもある。そのとき世界は水によって浄化されていく。そして水面に映った逆さまのピラミッドは反転し、光とスモークによって表現されたピラミッドに変わる。ナターシャとアラトは、ここから何が見えるのか、と歌う。新しい世界の始まりだろう。非物質による舞台美術が、きわめて効果的に導入されたオペラである。20世紀の冷戦が終わり、平和に向かうと思われた世界は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻、イスラエルのガザ攻撃、アメリカ大統領の強権的な振るまい、各地の排外主義的な運動などが生じ、再び混迷をきわめるようになった。そして地球温暖化の影響を受けて、日本の猛暑はこれまでになく厳しい。新作オペラの『ナターシャ』が、最後に示したヴィジョンは、ユートピア的かもしれないが、こうした状況に対する、2025年の願いであり、祈りのようにも思われた。

©Rikimaru Hotta/New National Theatre, Tokyo
INFORMATION
オペラ『ナターシャ』
台本:多和田葉子
作曲:細川俊夫
指揮:大野和士
日時:2025年8月11日 - 8月17日
会場:新国立劇場







