キュレーター/東京藝術大学教授。 慶應義塾大学文学部卒業、英国レスター大学ミュージアム・スタディーズ修了。三鷹市芸術文化振興財団(1994-2002)、森美術館(2003-2018)でキュレーターとして展覧会および教育プログラムの企画を行う。主な展覧会に「小谷元彦展:幽体の知覚」、「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」、「ディン・Q・レ展:明日への記憶」、「六本木クロッシング2016:僕の身体、あなたの声」など。
撮影:志賀耕太
情報化から記憶化へ:シンポジウム「芸術は歴史とどう向き合うのか?」を通して考えるアートの可能性
昨今、海外の美術館や芸術祭ではかつての帝国主義や従来の美術史を批判する態度を示す展覧会が数多く開催されている。元植民地にルーツを持つアーティストやこれまで十分に紹介されてこなかった女性アーティストに光を当て、奪われてきた声を紹介する動きが世界中で活発になっている。
翻って日本では、2019年の「あいちトリエンナーレ」で従軍慰安婦を連想させる「平和の少女像」などを巡って右翼や市民からの批判に国も連動するなど、歴史に触れることが騒動につながってしまうような状況がある。(1)
感情論ではなく過去と対峙し、アートの文脈で歴史について議論できないだろうか。その一つの試みとして筆者は、シンポジウム「芸術は歴史とどう向き合うのか?」を企画し、5人の発表者を招いた。(2)
筆者が森美術館でキュレーターとして企画した展覧会「ストーリーテラーズ:アートが紡ぐ物語」(2005)(3)への出品以来交流のあるイラク生まれのイギリス人アーティストであるジャナン・アルアーニ、世界の美術の動向を見てきたキュレーターで批評家の岡部あおみ、クァンドゥ美術館の館長として国際的な展覧会を手がけてきた台北国立芸術大学教授でキュレーターのホァン・チェンホン、放射能の歴史やそれに関わる女性たちの物語を表現する小林エリカ、歴史と政治の問題に映像を通して取り組む藤井光、加えて筆者が登壇した。

ジャナン・アルアーニ《Timelines》2022, パノラマヴィデオインスタレーション © Jananne Al-Ani. Towner Eastbourne. Photo by Rob Harris
ロンドンからオンライン参加したジャナン・アルアーニは、映像作品《Timelines》(2022)(4)の上映とトークを行なった。本作の制作のきっかけとなったのはヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)のキュレーターから見せられた真鍮のトレイで (5)、イギリスを中心とする連合国がオスマン帝国に勝利した1918年の第一次世界大戦休戦記念日を称えるものとされていた。アルアーニはトレイに刻まれた戦いの光景をクローズアップした映像に、彼女の母親の声によるナレーションを重ねて物語を表現した。
トレイの図像の中に、イギリス人少佐を殺した罪で絞首刑にかけられる男性の絵が描かれていることにアルアーニは注目する。彼女はこの情景をイラク人によるイギリス軍への反乱ではないかと考えた。イギリスはオスマン帝国崩壊後のイラク独立の約束を反故にし、フランスと秘密裏に結んだサイクス・ピコ協定によって戦後イラクを委任統治している。
《Timelines》の発表によってトレイに描かれた戦いに関する新たな証言も寄せられ、その後V&Aは「1920年に起こった独立を求めるイラク人によるイギリスへの蜂起を描いた可能性がある」という新たな解釈をトレイの解説に書き加えることとなった。(5)
このようなアーティストとミュージアムの協働ともいえるリサーチのあり方は意義深い。かつて筆者がアルアーニから聞いた帝国戦争博物館(IWM)と彼女との関わりも興味深いものだった。IWMは彼女に映像作品《A Loving Man》(1996-1999)をコミッションし、収蔵している。前述の展覧会「ストーリーテラーズ:アートが紡ぐ物語」にも出品した本作品の中で語られる「ある男」とは、彼女のイラク人の父親である。その背景には、イラク人の父を残してアイルランド人の母親と共にイラクからイギリスへと移り住んだアルアーニの家族の歴史がある。政治的分断に巻き込まれた親子の複雑な現実が垣間見えてくるのである。
湾岸戦争(1990-91)、イラク戦争(2003-2011年)と続くイギリスとイラクの緊張関係の只中において、IWMがイラクにルーツを持つアルアーニに制作依頼したことは注目に値する。さらに、戦時下での兵士のPTSD(6)や戦争と性暴力、(7)第二次世界大戦後にイギリスが元植民地の独立を妨害して行った戦争(8)など、戦争に内包される問題や自国の歴史への批判も含めた展示を近年IWMが企画してきたことを筆者は紹介した。日本のミュージアムでは想像できない試みである。
岡部あおみは、チューリッヒ美術館で開催された展覧会「過去のための未来:ビュールレ・コレクション―芸術、文脈、戦争と紛争」(9)を紹介した。同美術館の大パトロンであるゲオルグ・ビュールレのコレクションに含まれていたナチスの略奪品を明らかにし、ビュールレの武器商人としての倫理性を問う内容だ。展示期間中に市や州の調査によって、ビュールレ財団から美術館に長期貸与された作品の半数以上がユダヤ人旧所蔵であったことが判明し、問題作には青いキャプションが付けられQRコードを通して詳細な来歴が加えられた。このような自己批判を含めた問題提起は、ミュージアムが「美の殿堂」の枠組みを超えた社会的存在となるチャンスにもなりうるだろう。
さらに岡部は、日本の植民地時代の歴史に空白があり、返還すべき美術品への対応が不十分であることを指摘した。
ホァン・チェンホンは、台湾が国家としての「戦争の権利」を持たないにもかかわらず、社会レベルでは外部勢力が交錯し、権利をめぐる絶え間ない対立が続いていると語る。オランダ、スペイン、清朝、日本、中国国民党と、支配の歴史が複雑な台湾では、「無制限戦争」(Unrestricted Warfare)状態が続いているのだと。
このような背景において、台湾の多くのアーティストが歴史の問題を扱うのは必然だろう。チェン・ジエレンは歴史のトラウマや搾取される労働者の問題を提示し、(10) カオ・ジュンホンは、日本統治時代における台湾原住民への武力制圧を取材した。(11) ツァイ・ポーチンは動物と科学の視点というユニークな方法を用いて日本統治時代の歴史を語り直す。(12)
台湾のアーティストたちは終わりのない分断と戦争について、今後も怯むことなく問い続けていくだろうとホァンは述べる。

撮影:志賀耕太
『女の子たち風船爆弾をつくる』(13)を出版した小林エリカは、学徒動員によって風船爆弾作りに従事した少女たちについて語った。太平洋戦争末期、日本軍は和紙とコンニャク糊を材料に直径約10メートルの風船爆弾を秘密裏に製造した。約9,300発のうちおよそ1,000発がアメリカに到達し、オレゴン州で6人の民間人が犠牲になったことが報告されている。
“手先の柔らかい若い女学生”に向いているとされた爆弾作りに全国の女学生が駆り出された。小林は、目的を知らされずに有楽町の東京宝塚劇場で作業をしていた雙葉・跡見・麹町高等女学校の女学生たちについて調査している。戦後も長い間隠されていた事実に後年ショックを受けた当事者もいるという。
小林は、弱者・犠牲者として語られることが常である少女の加害性と主体性について分析する。張り切って慰問袋を作り、動員作業に励むかつての少女たちに小林は自身を重ねて想像する。同じ立場なら私たちはどう行動するのか。答えの出ない問いがそこにある。

藤井光《解剖学教室》2020, 映像インスタレーション Photo by Hikaru Fujii
藤井光は、歴史を強く意識するようになったきっかけは2011年の福島第一原発事故だと語る。映像インスタレーション《解剖学教室》(2020)では「立ち入り禁止地区」の資料館から持ち出される収蔵品に焦点を当てる。この時資料館学芸員は、チェルノブイリ原発事故を参考に持ち出しのガイドラインを制作したという。文化財が示す数千年の地域の歴史と20世紀最大の原発事故の歴史が、目の前で起きている新たな緊急事態において重なり合う。(14)《あかい線に分けられたクラス》(2021)では、他の地域に避難した福島の子どもたちが受けた二次被害と差別の構造について触れる。(15)かつて原爆被害者が受けた差別が21世紀によみがえってくる。そして、オリンピック開催に向け「状況はコントロールされている」という時の首相の号令のもと「復興」への物語が始まる。
さらに藤井は、アメリカ軍による日本の戦争画の接収は、アジアを戦場にした日本の集合的記憶が占領者の管理下に置かれたことを意味すると述べる。(16) 冷戦に突入する中で、日本の戦争責任はうやむやになり、新たな権力者によって歴史が編成されていく。
今回のシンポジウムで、かつての帝国主義や戦争を多様な立場と視点から振り返り、検証することの重要さを確認できたことは意義深い。「歴史を知識として受け取るだけでは、膨大な情報のなかに埋もれ、忘却してしまう。必要なのは、知るための情報化ではなく、忘れないための記憶化だ」と藤井が語ったように、この「記憶化」にこそ芸術の力を発揮することができるのではないか。勝者によって決められる歴史の物語の陰にある声を聞き、忘れられた問題を世に問うこと。それが「今」ここにいる人間の責任なのだと思う。
註
1. 荒木夏実「あいちトリエンナーレ2019を今こそ見る。“幻の作品”から考える」『朝日新聞Globe+』2019年9月21日
2. シンポジウム「芸術は歴史とどう向き合うのか?」東京藝術大学、2025年12月20日
3. 「ストーリーテラーズ:アートが紡ぐ物語」森美術館、2005年
4. 同作品はタウナー・イーストボーン美術館で初上映された。“Jananne Al-Ani Timelines,” Towner Eastbourne, 2022
5. 《Tray》1918, Collection of Victoria & Albert Museum
6. “War and the Mind,” Imperial War Museum London, 2024-2025
7. “Unsilenced: Sexual Violence in Conflict,” Imperial War Museum London, 2025
8. “Emergency Exits: The Fight for Independence in Malaya, Kenya and Cyprus,” Imperial War Museum London, 2025-2026
9. “The Bührle Collection: A future for the past. Art, context, war and conflict.,” Kunsthaus Zürich, 2023-2025
10. チェン・ジエレン ホームページ
11. Kao Jun-Honn《Llyong Topa》2020
12. “Specimen of Empire—Tsai Pou-ching Solo Exhibition,” Taipei Fine Arts Museum, 2024
13. 小林エリカ 朗読劇「女の子たち風船爆弾をつくる」王子ホール、2023年6月19日 小林エリカ 書籍『女の子たち風船爆弾をつくる』文藝春秋、2024年
14. 藤井光《解剖学教室》2020
15. 藤井光《あかい線に分けられたクラス》2021
16. 藤井光《日本の戦争美術 1946》2022
INFORMATION
シンポジウム「芸術は歴史とどう向き合うのか?」
日時:2025.12.20
会場:東京藝術大学
主催:東京藝術大学美術学部先端芸術表現科荒木夏実研究室
登壇者:荒木夏実(キュレーター/東京藝術大学教授)
ジャナン・アルアーニ(アーティスト)
ホァン・チェンホン(国立台北芸術大学教授)
小林エリカ(作家/アーティスト)
岡部あおみ(美術評論家/キュレーター)
藤井光(アーティスト/東京藝術大学准教授) *登壇順







