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EXHIBITION

蔡國強 宇宙遊ー <原初火球>から始まる
国立新美術館
2023.6.29 – 8.21

Written by 坂口千秋|2023.8.18

《満天の桜が咲く日》 撮影:顧劍亨    提供:蔡スタジオ

 

蔡國強は1986年の終わりから約9年間、アーティストとして成長する重要な時期を日本で過ごした。板橋のアパートの台所で深夜密かに火薬の実験を行い、長い導火線を大勢の人の手でつなぐという宇宙スケールのプロジェクトに挑んでいた。その間にダイナミックな思考と火薬を用いる蔡の芸術の手法の礎が築かれた。

それから約30年後の2023年6月、国立新美術館で個展「蔡國強 宇宙遊ー <原初火球>から始まる」が開催された。それに先立って、福島県いわき市四倉海岸では蔡の十八番である爆発プロジェクト、白天花火《満天の桜が咲く日》が行われた。

いわき市四倉海岸は、1994年に蔡國強が《地平線ー環太平洋より:外星人のためのプロジェクトNo.14》として、夜の海上で長さ5000メートルの導火線を爆破させ、その閃光によって水平線に地球の輪郭を描いた場所だ。近隣住民が1メートルあたり1000円で導火線を購入し、当日は自発的に電気を消して協力したという。その後も蔡といわきの友人たちとの交流は続き、2011年の東日本大震災でいわきが被災した際、蔡はオークションで作品を売り寄付したが、彼らは自身が被災したにも拘わらず、そのお金で傷ついた故郷のために日本一の桜の名所をつくるといって蔡を驚かせた。9万9千本の桜を植える「いわき万本桜プロジェクト」、ついで桜の里山の山頂まで続く「いわき回廊美術館」が立ち上がり、蔡はその館長をつとめている。白天花火の開会式では、そうしたいわきと蔡のエピソードが長々と語られた。この日の花火を打ち上げるエネルギーが、友情の力であることを示すように。

 

《満天の桜が咲く日》  撮影:辰巳昌利   提供:蔡スタジオ

《満天の桜が咲く日》 撮影:吳達新    提供:蔡スタジオ

《満天の桜が咲く日》 撮影:吳達新    提供:蔡スタジオ

 

風は海から街の方へ穏やかに吹いていた。夜空に閃光を放つ夜の花火とは違い、昼の花火は爆発から生まれる煙の造形が見どころだ。爆音とともに爆発し瞬時に立ち上がるスペクタクルに湧く興奮と、その後かたちが崩壊しながらゆっくり頭上を通り過ぎていくのを見送る余韻とが繰り返された。クライマックスは未来の風景へ捧げる満天の桜の花火。花咲か爺さんのように9万9千本の桜が咲き誇る景色が一瞬にして現れ、魔術的な紅色の雲がいわきの空をしばらく覆った。

この海岸の北には福島第一原子力発電所があり、12年前の大爆発によって故郷を汚されたこの土地の怒りと鎮魂と未来への希望をこめて、約4万発の花火は爆発した。

 

 

《歴史の足跡》のためのドローイング 撮影:顧劍亨    提供:蔡スタジオ

 

一方、国立新美術館での個展「蔡國強 宇宙遊ー <原初火球>から始まる」は、約30年前日本で起きた蔡の芸術的ビッグバンから現在までの創作の軌跡をたどるもので、会場の仕切り壁をすべて取り払い、広々とした空間のなかで蔡の思考宇宙と方法論の発展が語られた。高さ4メートル幅33メートルに及ぶ超大作「《歴史の足跡》のためのドローイング」は、2008年の北京オリンピック開会式を飾った爆発プロジェクトのための火薬画だが、すでに1990年代の《大脚印:外星人のためのプロジェクトNo.6》にそのアイデアが見られ、その後何度もチャレンジしていたことがわかる。一つのプロジェクトが成就するには数多くの失敗もあるが、それが「失敗は可能性」と言い切る蔡のおおらかな魅力でもあり、しばしば人は失敗したエピソードの方をよく覚えていたりもする。

 

展示風景 撮影:蔡文悠    提供:蔡スタジオ

展示風景 撮影:蔡文悠    提供:蔡スタジオ

《未知との遭遇》 撮影: 趙夢佳   提供:蔡スタジオ

 

夜の縁日のように賑やかなキネティック・ライト・インスタレーション《未知との遭遇》の中で、アインシュタインや宇宙人の顔のネオンに混ざって漢服を着て椅子に座る人は、ロケット花火をたくさん取り付けた椅子に乗って宇宙を目指して亡くなった中国の発明家だ。たとえ失敗しても夢を追い求める人の情熱とロマンは伝搬する。ゴビ砂漠で万里の長城を一万メートル延長する様子を映した粗いドキュメント画像には、蔡の描くビジョンに心を動かされて、いつのまにか同じ夢に向かって一緒に導火線をつないでいる酔狂で幸福な人々の姿が映っていた。

 

《Boy Cai》 撮影:顧劍亨    提供:蔡スタジオ

 

日本への感謝の情を示した2つのプロジェクトは、無限の可能性が開かれていた青年の頃の自分と出会い直し、新しい冒険へ自分を奮い立たせるための里帰りでもあった。純粋に作品性を語るだけでは収まらない蔡國強の人間性に大いにふれられていて、残された人生の時間への意識も感じられた。仮想空間で凧揚げをする少年は蔡そのものだ。肉体を越えて精神が宇宙に遊ぶ、そんな自由なフィールドを希求する蔡の果てしない欲望が清々しい。

INFORMATION

蔡國強 宇宙遊ー <原初火球>から始まる

会期:2023年6月29日 – 2023年8月21日
会場:国立新美術館 企画展示室1E
主催:国立新美術館、サンローラン


蔡國強 白天花火《満天の桜が咲く日》
日時:2023年6月26日
場所:福島県いわき市四倉海岸
主催:満天の桜実行会
サンローランのコミッション

WRITER PROFILE

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坂口千秋 Chiaki Sakaguchi

アートライター、編集者、コーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場に携わる。RealTokyo編集スタッフ。

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