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PERFORMANCE

『あなたはエディット・ピアフを知っていますか?』
新宿シアタートップス
2022.9.6 – 11

Written by 住吉智恵|2022.12.5

 

音楽劇『あなたはエディット・ピアフを知っていますか?』は、今年4月に新宿シアタートップスで初演が行われ、9月には同劇場でさっそく再演された作品だ。

ユダヤ系ロシア人のルーツを持つシャンソン歌手・聖児セミョーノフが企画・主演し、国立ベトナム青年劇場芸術監督などを歴任した杉山剛志が演出、ダムタイプの山中透が音楽、バレエダンサー・俳優の首藤康之が声の出演を務めた。再演では山海塾の舞踏家・石井則仁と俳優の西田夏奈子が加わり、さらに多彩な分野で活躍するキャストが日替わりで登場する。筆者が観劇した再演では、歌手・俳優の安奈淳と平井亜門が出演した。

舞台は現代の新宿のとあるバー。バーテンダーの青年がふと手にした本からエディット・ピアフを知り、ピアフが遺した数々の名曲を通してさまざまな気づきを得る一夜を描く。

2023年に没後60年を迎えるエディット・ピアフは、フランスで最も愛される国民的な歌手のひとりである。第二次世界大戦中のレジスタンスへの貢献を含め、市民たちが自ら起ちあがり自由を手に入れた国・フランスの精神を象徴する人物としてリスペクトされてきた。

大戦後にパリの交通が完全にストップしたのは街全体が喪に服したピアフの葬儀だけだったと語り継がれる一方、娼館で育てられ奔放な愛に生きた彼女の告別式のミサをカトリック教会が拒否したとも伝えられる。

愛情と批判を小柄な体で受け止め、多面的なペルソナを生きた彼女の生涯を、本作では二つのピアフ像を出現させることで表現する。ひとつは彼女の自伝的な言葉をもとにした、自身の人生を語るピアフ。抑制をきかせた首藤の朗読と、背と腕の骨格だけで語る石井の舞踏が、波乱に満ちたその生き様を切々と綴っていく。もうひとつは現代に生きる青年と彼の店を訪れるゲストたちがピアフのシャンソンを通して歌い継ぐ、ひとりの女の人生の物語である。

 

 

本作はエディット・ピアフを知らない人、シャンソンを聴いたことがない人に届けられることも想定して制作されたという。フランス語で「歌」を意味するシャンソンは、もともと敷居の高い音楽ではない。その定義を検索すれば「中世の吟遊詩人をルーツとした歌曲と、フランス語の世俗的な歌詞の楽曲の総称」とある。

日本でも、1953年にパリに渡りピアフの歌に衝撃を受けたといわれる越路吹雪をはじめ、日本語訳でカバーされたシャンソンは歌謡曲や演歌と同様に根強いファンを持つジャンルだ。かつて銀座の銀巴里などのシャンソンバーは美輪明宏や戸川昌子らを輩出し、ワインを片手に「歌」に酔いしれるライヴパフォーマンスの都市文化は連綿と受け継がれてきた。

そして現在のように苛烈な時代、困難な社会であればこそ、人生の切実な苦悩や希望のありかを母国語で語りかけるシャンソンの魅力は時を超えて人々を惹きつけるはずではないか。

 

 

この夜、メインキャストとして登場した安奈淳もままならない人生の嘆きと喜びを知るアーティストである。元宝塚歌劇団のトップスターであった安奈は1978年に退団後、ミュージカル俳優として活動していた2000年に難病SLEを発症し、長年にわたりさまざまな疾患の苦しみと闘ってきた。回復と共に少しずつ活動を再開し、75歳を迎えるいま、シャンソンやジャズの歌手として、よりいっそう生き生きと歌い続けている。筆者は小学生の頃に東京宝塚劇場の舞台に出合って以来、艶やかさと深みをたたえたその歌声に魅了されてきた。一度は死の淵をのぞきながら、いま生きることのかけがえのない素晴らしさを、ぐっとトーンを抑えて「謳う」安奈淳は、唯一無二の存在であり、エディット・ピアフの曲を歌うことの必然を感じさせる歌手のひとりだ。

ピアフの歌には、少女時代の貧困から若過ぎる死に至るまで、ひとりの女性の人生のあらゆるアスペクトが含まれている。特に現代の若い歌手にとって、ピアフの生涯を一度に捉えることは難しいだろうし、当世には劇的すぎて荷の重い曲もあるはずだ。

だがそんなことに囚われず、自身の物語は道半ばであっても心底歌いたいと渇望するときが、シャンソンを歌う「機が熟した」兆しといえるのかもしれない。シャンソンの芳醇さや滋味とは、歌唱テクニックや歌詞の解釈が確かであることよりも、その歌手が舞台に立つことによって立ち現れる「歌が歌である所以」に尽きるのだろう。それはジャンルを超えてライブパフォーマンスを待ち望む人々がアーティストに託したい「依り代」そのものである。

 

 

現代のシャンソニエ、聖児セミョーノフは本企画のほかにも「戦争に翻弄された歌」をピックアップしたライヴシリーズを続けている。また、19世紀末の時代の転換期にパリを中心に隆盛をきわめたキャバレー文化を現代に甦らせるプロジェクトを準備中だという。

TVもインターネットもなかった時代、生きることの光と陰を他者と共有する現場はカフェやキャバレーにあり、歌にあった。億万長者のとんでもないビジョンに翻弄されるSNSよりも、歌というメディアを介してたがいの胸の内を開き、どうにもならない生の喜びや悲しみを「表現」という依り代に託してはどうだろう。本作はそんなことを実感させられる音楽舞台である。

INFORMATION

『あなたはエディット・ピアフを知っていますか?』

日時:2022年9月6日~11日
会場:新宿シアタートップス
演出:杉山剛志
音楽:山中透
出演:聖児セミョーノフ、石井則仁(山海塾)、西田夏奈子、安奈淳[10日]、梅垣義明(ワハハ本舗)[8日・9日]、 ROLLY[11日]、島津見(劇団番町ボーイズ☆NEXT)[8日・9日]、平井亜門[10日・11日]、レジョン・ルイ[6日・7日]、山崎洋平(江古田のガールズ)[6日・7日]
声の出演:首藤康之
演奏:バイオリン:レジョン・ルイ ピアノ:アニエス晶子[11日]/ 川口信子[10日]/ 近藤正春[8日・9日]/ 滝野郁瑛[6日・7日]
主催:セイガサイ

WRITER PROFILE

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住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1990年代よりアート・ジャーナリストとして活動。2003〜2015年、オルタナティブスペースTRAUMARIS主宰を経て、現在、各所で現代美術とパフォーミングアーツの企画を手がける。2011〜2016年、横浜ダンスコレクション/コンペ2審査員。子育て世代のアーティストとオーディエンスを応援するプラットフォーム「ダンス保育園!! 実行委員会」代表。2017年、RealJapan実行委員会を発足。本サイトRealTokyoではコ・ディレクターを務める。http://www.traumaris.jp 写真:片山真理

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