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PERFORMANCE

志村ふくみ・洋子×須田悦弘「しきのいろ」 中村恩恵 ダンスパフォーマンス
ザ・ギンザ スペース 2020.2.28

Written by 呉宮百合香|2020.6.4

春一夜 匂い立つ生命

 

足を踏み入れてまず目に飛び込んでくるのは、2メートル以上ある立方体のフレームに朧げにかかる四色の帯。光とも見紛うそれは、真っ直ぐに張られた経糸(たていと)の集合であった。長円形の壁面に整然と並ぶ約800の糸巻きから伸びる糸は、一本一本繊細に染め分けられ、見事なグラデーションを作り出している。
振り返ると、4つの白い展示台に1輪ずつしつらえられた花。椿、コヒルガオ、露草、菊と、春夏秋冬を象徴するそれらは資生堂の化粧瓶とともに飾られ、台の上にくっきりと黒い影を刻んでいる。

日本の四季の美をテーマに、ザ・ギンザ スペースが企画した本展「しきのいろ」に招かれたのは、植物に向き合い続ける2組のアーティストであった。草木染めの人間国宝・志村ふくみと、同じく染織の道に進んだ娘・洋子は、茜や藍、春の野草等で染め上げた糸を用いて、展示空間の吹き抜け構造を存分に活かしたインスタレーション作品《ひかりの茶室》を作り上げた。そして精巧な植物を彫りあげることで知られる須田悦弘は、白・青・緑を基調とした4輪の木彫作品を生花のように展示し、空間を引き締める。
志村母子と須田が共演するのは、今回が初めてではない。2014年に資生堂ギャラリーで開催された「せいのもとで lifescape」展では、須田のキュレーションのもと、今作の原型となる糸のインスタレーション作品《經(けい)》が生まれた。「布を織る前の、糸の状態の時の色が最も美しい」という言葉を体現する《經》はその後、京都国立近代美術館や世田谷美術館等で行われた志村ふくみの回顧展「母衣(ぼろ)への回帰」でも色を変えて再展示され、代表作のひとつとなる。それから6年の時を経て、三者は再び東京・銀座に集った。

自然より色と形を得た作品が共存するこの静謐な空間で、春の足音が高まる2月の末、中村恩恵による一夜限りのダンスパフォーマンスが行われた。
黒い衣裳をまとった中村が、志村の作品にゆっくりと歩み寄り、正対する。抑制の効いた身振りと伏し目がちな表情は、観客を自らのうちに取り込むような強い引力を持つ。紡ぎ、絡げるような指先の仕草。その動きは隅々まで空気を含んでおり、幽玄という言葉が似つかわしい。
ネザーランド・ダンス・シアターをはじめ欧州の名だたる舞踊団で活躍し、2007年に帰国してからは創作や教育、ジャンルを超えたコラボレーションにも力を入れる中村は、凛とした色香と静かな情熱、そして年輪を重ねた強度を併せ持つ。グレゴリオ聖歌のような無伴奏の声楽から器楽へと、単旋律を主とした音楽にのせて、決して詰め込みすぎることなく、余白を持たせながら深い味わいを生み出す様は、いまや円熟の域に達している。
特に印象に残るのは、時折すっと差し込むように水平に伸ばされる腕である。まるで緯糸(よこいと)を通すかのような動作は、経糸を空間・伝統・思考に、緯糸を時間・現在・感情に例えた志村ふくみの言葉(注1)を思い起こさせる。絶えず移ろい、たちまち彼岸に去ってゆこうとする儚い色形を捉え、此岸に留めんとする志村と須田の空間芸術は、ダンスという時間芸術と交わることで、一層輝きを増す。つぼみが開くように、その内に留められた自然の生命が匂い零れはじめるのである。

コツコツと靴音を響かせながら外周を廻っていた中村は、やがて茶室の内部へと入る。限られた空間の中で、光を浴びるように四肢を伸ばしながら、天を仰ぎみる。赤青黄緑、そして白と、取り囲む全ての色をその身の黒に吸収し、エネルギーとしながら自転する——その瞬間、それまで張り詰めていた彼女の身体が、解放されたように自由になる。
再びフレームの外へと出た時、佇まいは一変していた。息遣いが伝わってくるような伸びやかな踊りは、風に舞う花のような軽さを帯びている。
時を巻き戻すかのように一周だけ左に廻ってから、踊り手はついに茶室に背を向けて去る。姿を追って後方を振り返った観客は、木彫の花を再び見出す。人々の背後で気高く咲く花々は、たとえ観る者の視界に入らずとも、確かにダンスとつながっていたのである。

2020年2月28日 @ザ・ギンザ スペース

中村恩恵のパフォーマンスの1週間後には、金剛流若宗家の金剛龍謹による能楽ライブが予定されていた。作家・石牟礼道子の遺作となり、志村ふくみが舞台衣裳を手がけた新作能「沖宮(おきのみや)」で主役・天草四郎役を演じた気鋭の能楽師による独調はしかし、昨今の疫病流行の影響を受け、苦渋の中止となった。
「沖宮」構想のきっかけともなった東日本大震災と原発事故から9年、世界は再び未曾有の災害に直面している。

ひとひらの花弁 彼方に身じろぐを まぼろしの如くに視れば 常世なる仄明かりを 花その懐に抱けり注2

多くの劇場や美術館が門戸を閉ざし、再開のめどが立たない今から見れば、この一夕のパフォーマンスは、まさに奇跡のようなひとときであった。春の夜の夢は、短く儚い——だがそこで見出した「花」は、観た者の心を照らし続ける灯となるに違いない。

1) 志村ふくみ『語りかける花』(筑摩書房、2007年)参照。
2) 石牟礼道子「花を奉る」より。

INFORMATION

志村ふくみ・洋子×須田悦弘「しきのいろ」

会 期: 2020年1/24(金)~ 3/22(日) 11:00~ 19:00(2/17、3/16 休館)
会 場:ザ・ギンザ スペース

WRITER PROFILE

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呉宮百合香 Yurika Kuremiya

ダンス研究。主な研究対象は、2000年代以降の現代ダンス。また、ダンスアーカイヴの構築と活用をめぐるリサーチも継続的に行っている。2015-2016年度フランス政府給費留学生として渡仏し、パリ第8大学で修士号(芸術学)を取得。川村美紀子「地獄に咲く花」パリ公演をはじめ、ダンスフェスティバルや公演の企画、制作に多数携わる。「ダンスがみたい!新人シリーズ16・17」審査員。(独)日本学術振興会特別研究員(DC1)。現在、早稲田大学文学研究科博士後期課程在籍。

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