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越境のコンサートシリーズ:Beyond vol.3 アジアン・ソウル空間 渋谷クラブクアトロ 2022.12.12
PERFORMANCE

清水靖晃&國本怜
越境のコンサートシリーズ:Beyond vol.3 アジアン・ソウル空間
渋谷クラブクアトロ
2022.12.12

Written by 菅付雅信|2023.3.2

写真:石田昌隆

 

清水靖晃:不自由な楽器を使った、誰よりも自由奔放な音楽家

 

電子楽器の誕生以降、特にシンセサイザーが誕生してからというもの、プレイヤーは特定の楽器が弾けるということがアドバンテージであるだけでなく、足枷にもなってしまった。ましてやシーケンサーやコンピューターによるプログラミングが普及していくと、特定の楽器、ピアノなりギターなりベースなりドラムなりを特訓してプレイするというのが前時代的な行為に見えてしまう。音色も演奏も機械でプログラム出来る時代において、超絶技巧なプレイヤーにどういう現在的な価値があるのか。それは現在の全ての音楽プレイヤーが抱える課題だろう。

清水靖晃はその課題に挑み続けている音楽家のひとりだ。彼は日本を代表するサキソフォン奏者でありコンポーザーであり音楽プロデューサーでもある。ジャズプレイヤーとしてデビューした70年代、マライアというロックバンド(といっていいのかな?)のリーダーでありプレイヤーであった80年代前半を経て、ソロ活動を中心とした80年代後半は、サキソフォン奏者という表看板を外すかのように、一人のマルチな音楽クリエイターとして、海外のミュージシャンやワールドミュージックなどを貪欲に取り込んで作品を発表していった。中でも1988 年の『デメントス』、1989年の『ADUNA』ではその傾向が強い。

もちろん、彼はいかなる音楽スタイルを用いても、サキソフォン奏者であることはやめない。サキソフォン奏者としての傑出した演奏力だけでなく、現代にサキソフォンを吹く意味、またサキソフォンという楽器の新しいレイヤーの表現として、1996年以降のバッハの「無伴奏チェロ組曲」を題材とした一連の活動は、バッハという手垢にまみれた聖典を超えて、音楽そのものを見直す行為でもあったと言えるだろう。音楽はとどのつまり音の響きの設計であると。彼は『CELLO SUITES 1.2.3』のライナーノーツで自らこう書いている。

“ある批評家などは「一般的にバッハのイメージは崇高な音楽を創る偉大な作曲家で、ブルジョアのお嬢さんが聴く音楽だという先入観があるが、実は彼の活躍した時代に於いて彼の音楽は世俗的であった」という(中略)。「 (中略)崇高な音楽を創る偉大な作曲家で、ブルジョアのお嬢さんが聴く (中略)」という音楽をテナーサキソフォンで演奏したら更にグッとくるんではないかと。”

この時を超える崇高さ&偉大さと世俗で「グッとくる」の交差点、そこに清水の音楽がある。

 

清水の「無伴奏チェロ組曲」の特徴は、その響きの独自性だ。それはサックスの超絶技巧的な演奏力だけでなく、宇都宮の大谷石切場の地下巨大空間や釜石鉱山、イタリアのヴィラ・コンタリーニなどで録音され、巨大空間を反響板としたリバーブにより、宇宙的な響きを聞かせる。リー・スクラッチ・ペリーやマッド・プロフェッサーも超えた、いわば天然のダブとも言えるものだ。バッハの古典が清水の超絶技巧とユニークな録音環境と現在の録音テクノロジーによって、異次元の音響となったのだ。

近年、欧米のレコード・レーベル—アメリカのPalto Flats、スイスのWRWRFWW—で清水のソロ、そしてマライアのアルバムが続々とアナログで再発され、欧米で急激に評価が上がっている清水は、2018年にヨーロッパでソロ・ツアー(全6ヶ国・10公演)を敢行。ヨーロッパから戻り、日本国内でも凱旋ライブを行うはずだったが、コロナ禍で延期を余儀なくされてしまった。

 

写真:石田昌隆

 

その凱旋ライブが、ようやく22年12月12日の渋谷クラブクアトロで実現。これは「越境のコンサート・シリーズ Beyond」という3回にわたって行われたボーダレスな音楽イベントのトリにあたるもの。ステージに立つのは清水とコンピューター/キーボードを操る國本怜の二名のみ。

 

写真:石田昌隆

 

曲目は、ソロの『案山子』から4曲、マライアの『うたかたの日々』から2曲、そして清水靖晃&サキソフォネッツの『Pentatonica』から3曲。曲によっては原型からかなり離れたものも多く、清水が自らの演奏にループ・ディレイをかけ、演奏が次々と重奏的に重なり、無限ループのように響く。

かといって現代音楽のような難解さに陥ったりはしない。あくまで「グッとくる」プレイフルな音の響きを彼は追求する。それはサキソフォンという倍音の多い楽器の官能性によるところも大きいだろう。清水はサキソフォンの「セクシーさ」に極めて自覚的な音楽家でもある。エチオピアの伝統音楽に清水が日本語の歌詞を付けた「テュ・セマン・ハゲレ」もこのライブのハイライトのひとつ。この民族音楽であり、日本の音頭のようにも聞こえ、かつ未来の音楽でもあるような曲もライブの中で違和感なく溶け合う。いや、音楽が予定調和しないことこそが清水にとっての主題のひとつといってもいい。清水靖晃は演奏者=プレイヤーであるだけでなく、音と高度な戯れ=プレイが出来る人なのだ。そこにジャンルからも譜面からもプログラミングからも解き放たれた音楽の自由がある。サキソフォンという今や不自由な楽器を使った、誰よりも自由奔放な音楽。まさに予想を裏切り、期待に応える体験だった。

かつてバッハのパイプオルガンによる超絶技巧の即興演奏を見た、先輩のオルガニストであり、他の音楽家に厳格なことで知られるラインケンはバッハに次のような賛辞を送っている。「私は、この芸術は死に絶えたと思っておりましたが、今それがあなたの中に生きているのを目のあたりにしました」。これを清水への言葉に、「この芸術」をサキソフォンと読み替えてみると、清水靖晃の現在地が伝わるだろう。

バッハを熱烈に愛した哲学者ジャン・ポール・サルトルはこの音楽家を実存主義者らしくこう評した。「彼は確立した規律の枠の中で、いかにして独創性を発見するかを教えた。実際には、いかにして生きるかを」

清水靖晃はサキソフォン奏者として、現在世界でも類のない独創性を放っている。そして、21世紀にプレイヤーであり、頭脳的な音楽家としていかに生きるかも示してくれているのだ。

 

INFORMATION

越境のコンサート・シリーズ:Beyond vol.3 アジアン・ソウル空間

日時:2022年12月12日
会場:渋谷クラブクアトロ
出演:清水靖晃(t.sax, voice, radio, effect)、國本怜(laptop, piano)
主催・企画制作:プランクトン

WRITER PROFILE

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菅付雅信 Masanobu Sugatsuke

編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。 1964年宮崎県生まれ。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、現在は編集・執筆から企画、コンサルティングを手がける。著書に『はじめての編集』『物欲なき世界』等。またアートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務め、編集・ 出版した片山真理写真集『GIFT』は木村伊兵衛写真賞を受賞。下北沢B&Bで「編集スパルタ塾」、渋谷パルコで「東京芸術中学」を主宰。東北芸術工科大学教授。NYADC 賞銀賞、D&AD 賞受賞。

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