HOME > REVIEWS > SCREENING
> スティーヴ・マックイーン「Sunshine State」 Depot Boijmans Van Beuningen2023. 1.26 – 2.12
SCREENING

スティーヴ・マックイーン「Sunshine State」
Depot Boijmans Van Beuningen
2023. 1.26 – 2.12

Written by 佐藤久理子|2023.3.15

 ロッテルダム国際映画祭(IFFR)2023でトークを開催したスティーヴ・マックイーン©Kuriko Sato

 

父の物語に込めた、祈りの叫び

 

長編三作目にあたる『それでも夜は明ける』(2013)で、アカデミー賞作品賞を受賞したスティーヴ・マックイーン監督にとって、映像表現はつねに個人的なメッセージを内包するものだ。それが映画のように大衆的なメディアであれ、90年代から彼が制作しているビデオ・インスタレーションの映像芸術であれ、その根本は変わらない。個人の経験から派生したものをいかに普遍的なアートに昇華し得るかこそが、彼にとって重要なのだ。

だがおそらく、この新作アートワークほど率直に、個人的な体験を投影したものもないだろう。

 

 Depot Boijmans Van Beuningen ©Kuriko Sato

 

彼の3年ぶりの新作となるビデオ映像、「Sunshine State」が、オランダ、ロッテルダム国際映画祭の委任により、Depot Boijmans Van Beuningenで披露された。壮麗なガラス張りの外観が目を引く本館は、2021年11月に開館。Boijman美術館に隣接し、美術館のコレクションを所蔵する倉庫(Depot)を一般に開放して、美術品の修復のプロセスを見せるという、ユニークなアイディアのもとに生まれた。マックイーンの展示は、今回初めて使用された剥き出しのコンクリートのスペースで行われた。

 

 ©︎ Steve McQueen. Courtesy the artist, Thomas Dane Gallery and Marian Goodman Gallery. A Commission for International Film Festival Rotterdam 2022. Photo: ©️Studio Hans Wilschut

 

中央に設置された大きなスクリーンは2つに分割され、左右で微妙に異なる映像がシンクロしながら展開する。映像は2つのマテリアルに分かれ、1つはNASAの素材を借りたマグマのような太陽を映し出したもの。もうひとつは、マックイーンが20年来使用したいと考えていた、アラン・クロスランド監督の1927年の映画『The Jazz Singer』の抜粋に手を加えたものだ。この2つが繰り返し交互に登場するなかで、マックイーン自らが吹き込んだナレーションがかぶる。そのエピソードは、実際に彼の父親が体験したことである。

父親が死ぬ間際に話してくれたという内容は、こんな具合だ。

「父が50年代にフロリダの農場に雇われていた頃、同僚と町の酒場に行ったそうだ。『ニガーに酒は出せない』と言われ、同僚がグラスを投げた。彼らは店を飛び出したが追っ手に銃で打たれ、父は翌朝まで溝に隠れて、九死に一生を得た。同僚の顔は二度と見ることができなかった。なぜ彼はいまになってこの話を僕にしたのだろう。なぜ彼は死の床に着く現在まで、僕に話さなかったのか」

続けてマックイーンは、呪文のようにフレーズを繰り返す。

「この話をしながら、父は言った。父は言った。抱きしめてくれと。抱きしめてくれと」

反復されるたびに強度を増す言葉が脳裏にこだまし、目の前にあるもうひとつの物語、『The Jazz Singer』と重なり合う。本作のストーリーもまた、父と息子の物語だ。

 

 ©︎ Steve McQueen. Courtesy the artist, Thomas Dane Gallery and Marian Goodman Gallery. A Commission for International Film Festival Rotterdam 2022. Footage from The Jazz Singer courtesy Warner Bros. Picture Photo: ©️Studio Hans Wilschut

 

アル・ジョルソン演じるユダヤ人の主人公は、ジャズシンガーになることを夢見ているが、父親は彼に伝統を受け継ぎ、ユダヤ礼拝堂の先唱者となることを願っている。父と子の葛藤、そして抱擁。このとき、ユダヤ社会と(ナレーションにおける)黒人社会というふたつの異なる世界が交差する。

マックイーンはさらにフィルムを反転させたり巻き戻したり、リピートさせることで異化効果をもたらす。

もっとも象徴的なのは、ジョルソンがメークをする場面だ。顔に黒いドーランを塗る様子が、左右のスクリーンにポジとネガでそれぞれ映し出され、黒い顔と白い顔が並ぶ。塗る仕草を何度も反復させるとで、その顔は白くなったり黒くなったりを繰り返す。あるいは、まるで透明人間のように、首から上だけが消え、黒い背景に溶け込む。主人公のアイデンティティを失わせることで、観る側の深層心理に潜む観念を揺り動かす。

 

 ©︎ Steve McQueen. Courtesy the artist, Thomas Dane Gallery and Marian Goodman Gallery. A Commission for International Film Festival Rotterdam 2022. Footage from The Jazz Singer courtesy Warner Bros. Picture Photo: ©️Studio Hans Wilschut

 

マックイーンは本作の動機についてこう語る。

「昔も今も、人々の差別意識はあまり変わっていないと思う。ただ現在はそれが表に見えにくいだけだ。我々の文化には、伝統的に差別や偏見が染み込んだものがたくさんある。たとえばミッキーマウスはもともと黒人の吟遊詩人からインスパイアされているが、今ではポピュラーになったこうしたキャラクターのなかにも無意識的に、白人による差別意識やカリカチュアが刷り込まれていたりする。『Sunshine State』は、そんな白人によるパースペクティブを扱ったものだ」

ジョルソンの顔が再び、むらむらと燃えるような太陽の映像に変わる。あるいはそれは、マックイーン自身の怒りの象徴であるのかもしれない。彼はまるで祈りを捧げるかのように、呟く。「俺を照らしてくれ、俺を照らしてくれ、俺を照らしてくれ」

もっとも、出来上がった作品を観たとき、彼にとっては予期していなかった効果があったという。

「自分が語っている声を聴くのは重かった。でもそれによって初めて僕は、自分自身が父親から無意識に請け負っていたものについて気づくことになった。それは辛いと同時に、感謝すべきことでもあると悟ったんだ」

日頃何気なく眺めている眼差しのなかに宿る偏見。その無意識の罪深さについて、マックイーンはエモーショナルな個人的体験を通して気づかせてくれる。

 

INFORMATION

スティーヴ・マックイーン「Sunshine State」

上映:ロッテルダム国際映画祭2023
日程:2023年1月26日 - 2月12日
会場:ボイマンスヴァンベーニンゲン美術館アートデポ(ロッテルダム、オランダ)

WRITER PROFILE

アバター画像
佐藤久理子 Kuriko Sato

パリ在住。編集者を経て、現在フリー・ジャーナリスト。映画をメインに、音楽、カルチャー全般で筆を振るう。Web映画コム、白水社の雑誌「ふらんす」で連載を手がける。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

関連タグ

ページトップへ