名作『ゴドーを待ちながら』の独自解釈と、演技を通して他人の人生を生きること
サルコジ大統領就任期間にコンコルド広場で行われた軍事パレードで「世界人権宣言」の前文を読み上げたこともあり、セザール賞受賞経験のある喜劇役者カド・メラットが主演を務める本作。役者的にはスランプ状態、プライベート的には家庭破綻しているエチエンヌ役を見事に体現した。自分の人生においても順風満帆とはいえないエチエンヌが、囚人たちの更生のための演技ワークショップ講師として刑務所を訪れるところから物語は始まる。
実際にスウェーデンの受刑者たちに更生プログラムとして行われた演劇ワークショップと、そののちに実際に起こった驚きのエピソードを、舞台をフランスに移して映画化した。役者としては素人の5人の囚人たちに、20世紀最も重要な英語劇と言われているサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を演じさせ、その難解で不条理な戯曲を考察させ、そして他人の人生と代換をさせる経験を通して、人生の意味を考えさせる。囚人たちに別の人格を演じさせること。他人の言葉を発せさせ、自分とは異なる人間の行動をさせること。結果、囚人たちがどのような言動を経過したことで今の状況にあるのかを客観的に捉えることが可能になるのであろう。
監督はインタビューで、「ヨーロッパでは演劇を単に〈作品〉として捉えるだけではなく、〈媒体〉として捉える。人生について学んだり社会復帰のための手段や材料としての役割がある」という考えを語った。
本作では刑務所内の囚人たちが学び成長していくだけではなく、彼らの成長の姿を見ることで、エチエンヌはじめ、舞台を見る観客たちもまた学び、自分達の人生について考えていく。そこでは社会全体の相互間の終わりなき成長を垣間見ることができる。
また文化や芸術の社会における必然性においては、スーザン・ソンタグがボスニア内戦の際にやはり同じ『ゴドーを待ちながら』を上演したことを思い出した。電気や食料が十分とは言えないギリギリの状況で、ナンセンスな演劇を上演する意味とは一体何だったのか。
監督は「文化は最後の砦」であると続ける。「シリア内戦でもアレッポの若者たちが地下に図書館を作り、自分たちの文化を維持しようとした例があった。文化は人間にとって必要不可欠なものであり、刑務所に限らず恵まれない環境の中でこそ、文化・芸術は自分を高めていくための装置としてその機能を発揮するのではないか」
Emmanuel Courcol ©Unifrance
エマニュエル・クールコル監督と脚本家のカルボニエールは、お互い俳優出身で演劇学校の同級生でもあり気心の知れた仲だという。彼らは実際にフランスのモー刑務所の文化コーディネーターに相談し、パリのラヴィレット劇場で上演された囚人たちの『イーリアス』を鑑賞し、フランスで現実に行われている刑務所更生プログラムに接することでリアリティを獲得し、徐々にこの脚本を完成させていったという。
『ゴドーを待ちながら』の「永遠に訪れない未来」という宙吊りにされた概知の物語を裏切り、安全地帯にいる我々の現実社会に迫ってくる展開は興味深いし、それが実話であることが驚きだ。
INFORMATION
アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台
監督・脚色:エマニュエル・クールコル
主演:カド・メラッド
配給:リアリーライクフィルムズ+インプレオ
後援:在日フランス大使館+アンスティチュ・フランセ日本