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OUT AND ABOUT

文化庁アートプラットフォーム
シンポジウム 「グローバル化する美術領域と日本の美術界:我が国現代アート振興の黎明期~アート・コミュニケーションセンター(仮称)と国立美術館に期待する役割~」
2022.3.11

Written by 坂口千秋|2023.3.7

 

日本の現代アートのグローバルな発信力強化と理解促進を目標に、平成30(2018)年度から5カ年計画で推進中の「文化庁アートプラットフォーム事業」。文化庁が主催するこのシンポジウムでは、独立行政法人国立美術館が令和4(2022)年度に開設を目指す「アート・コミュニケーションセンター(仮称)」の役割をめぐり、英国・オーストリア・シンガポールのアート支援の実例紹介と、日本のアート振興の今後についてさまざまな現代美術界のプレーヤーたちの議論がかわされた。

 

 

オープニングトーク

鰐淵洋子氏(文部科学大臣政務官)

 

オープニングトークで文部科学大臣政務官の鰐淵洋子氏は、今年1月19日、通常国会冒頭の衆議院本会議・代表質問で起きたある出来事を紹介した。梶山弘志(かじやまひろし)議員からのアートの振興や国立美術館の改革についての質問に対する、岸田総理大臣の答弁である。

答弁のなかで岸田総理は、「文化資源やアート作品はソフトパワーの源泉」「世界に文化資源やアート作品の魅力を発信し、新たな創造を生み出すため、持続的な文化・アート振興を推進していく」「独立行政法人国立美術館をグローバルなアート振興の中核として抜本的な機能強化を進めていく」という言葉を用いてアート振興に前向きに取り組む姿勢を示した。鰐淵氏は、これを我が国の重要政策の本流に「アートの振興」が位置付けられた象徴的な出来事と捉え、今こそが我が国アート振興の“黎明期”だと語った。その上で鰐淵氏は、「文化に関する世論調査」の結果を踏まえながら、日本においてはアートを鑑賞する層は未だ少ない状況にあること、また、学校の芸術教育の中で、「楽しみ方」を伝える鑑賞教育の位置づけが不十分な結果、美術に積極的に触れようという気持ちを持ちにくい面があることに触れ、美術鑑賞者・購入者の裾野を広げ、国の文化資源を社会全般に役立てていくなど、アート振興全般に力を発揮していくことが国立美術館とアート・コミュニケーションセンター(仮称)の重要なミッションであると語った。

平成30(2018)年度から5カ年計画で進行中の「文化庁アートプラットフォーム事業」は、日本の現代アートの世界的評価を向上させることを目標に、基盤整備事業に力を入れてきた。そして、令和4(2022)年度のオープンを目指すアート・コミュニケーションセンター(仮称)は、国立美術館のハブとして、日本のアート全体を総合的に振興する役割を担うことが期待される。

「美術的価値」、「経済的価値」、「社会的価値」というアートの3つの価値がバランスよく発展し良い循環を促すことで、アートの生態系が育まれる。このエコシステムの健全な成長のために、新たに設立されるアート・コミュニケーションセンター(仮称)がどのような役割を果たしうるのか。鰐淵氏のオープニングトークが論点の道筋を引き、このあとのセッションへと続く。

 

 

セッション1「アート・コミュニケーションセンター(仮称)が目指すべきこと」

片岡真実(森美術館館長/日本現代アート委員会座長/アート・コミュニケーションセンター(仮称)エグゼクティブ・アドバイザー)

 

アートプラットフォーム事業とアート・コミュニケーションセンター(仮称)設立の背景には、1990年代以降の多文化時代の中で、欧米中心だった美術の世界がいまや世界各地に中心が拡散している現状がある。アジアに目を向ければ、2021年11月にオープンした香港のM +をはじめ、現代アートを展示する美術館、国際展、アートフェアという3つの大きな構造が各地に増え続けている。一方、日本では、1950年代から90年代までにアジア諸国に先行して美術館が多数建設されたが、それ以降の30年間でアジア各国の攻勢にかなり遅れをとっている。2014年にようやく文化庁内で初の現代アートの海外発信に関する「論点の整理」が行われ、長期目標として文化芸術振興センターの創設が掲げられた。

アートプラットフォーム事業の成果が掲載されているウェブサイト、アートプラットフォームジャパン(https://artplatform.go.jp/)は、2022年3月に大幅更新、日本国内の美術館データベースSHŪZŌには現在作品数14万件、美術館数147件が掲載されている。これまで掲載の難しかった画像もサムネールサイズで順次公開され、戦後美術を対象とした未英訳の文献や既訳文献の掲載を通して日本現代アートの国際的な研究を喚起したり、日本現代美術展調査や画廊情報のデータベース、シンポジウム等のアーカイブ動画を掲載するなど、各項目のコンテンツも順調に増えている。文化庁アートプラットフォーム事業は、委託事業としては今年が最後の年で、その成果の一部はアート・コミュニケーションセンター(仮称)が引き継ぐ予定となっている。

 

アート・コミュニケーションセンター(仮称)の構想

日本の国立美術館の歴史は、1952年に日本が主権を回復後、初の国立近代美術館として東京国立近代美術館が設立されたことに始まる(当時の名称は、国立近代美術館)。以来、現在まで設立された合計6つの国立美術館と国立映画アーカイブが独立行政法人国立美術館の中で各自のプログラムを行ってきた。それらを新たにつなげようというのがアート・コミュニケーションセンター構想であり、4つの柱を核とする。

1.ナショナルコレクションの形成と有効活用:国立美術館を含む国内の美術館の収蔵品を可視化し、ナショナルコレクションとして国内外に発信する。

2.情報資料のデータベース化とネットワーク化:情報発信の拠点として資料を国際的なネットワークを通して発進し、日本美術の国際的な評価を高める。

3.ラーニングに関する情報の収集・実践と人材育成:ラーニングに関する調査研究を推進したり、教育・医療・福祉領域等との連携などを行う。

4.社会連携:美術と社会が連携し、地域や経済との関係を構築したり、美術の社会貢献活動を推進する。

さらに文化庁アートプラットフォーム事業がやってきた国際発信の機能もここに加えたいと片岡氏。「あらゆることに横串を刺して繋がっていかなければならない時代になっています。既存の国立美術館機関を繋ぎ、国際的な窓口となって日本のアート振興の主体となっていけるのか、そうした機能をどのようにすれば果たすことができるのか、という議論が始まったところです。」(片岡氏)

このセンターが目指す方向を探るために、続くセッション2では、海外ですでに展開されている3つの事例のプレゼンテーションが行われた。

 

 

セッション2 諸外国のアート支援事例

 【 英国 】デヴィカ・シン(テート・モダン インターナショナル・アート部門キュレーター)

 

コレクションは静的なものではない。

テートには、テート・ブリテン、テート・モダン、テート・セント・アイヴス、 テート・リバプールの4館があるが、コレクションはひとつしかない。16世紀から現在までのイギリス美術と国際的な近・現代美術のナショナルコレクションを所蔵する。作品7万点以上、毎年約500点の作品を追加している。シン氏は、過去の大英帝国時代の歴史が英国のナショナルコレクションに与えた影響を忘れてはならないという。

「コレクションは静的なものではありません。コレクションは増え続けるだけではなく、芸術作品は常に再解釈されるのです。」

2000年、世界の近・現代美術を展示する目的でテート・モダンが開館した。シン氏は、英国国内から世界へ視点を転換した象徴的な展覧会として、2001年に開催されたグループ展「センチュリー・シティ」を紹介した。モスクワ、ラゴス、ニューヨーク、パリなどの20世紀の各10年を代表する一都市に焦点を当てた構成で、1990年代はロンドンとボンベイ2都市を選ぶなど、マルチセントリックな視点を取り込んだヨーロッパ初の大規模な展覧会だった。

テートのコレクションのしくみのひとつに作品の取得委員会がある。写真作品を除いて地域別に分かれた8つの委員会があり、美術館の作品購入を支援する篤志家も参加している。この委員会がインターナショナルなコレクションを可能にしている。一度収蔵された作品は永久に所蔵されるため、作品の保存や保管に関するコレクションケアも購入時の検討事項に含まれる。

コレクションは常にトランスナショナルに展示される。テート・モダンは、開館当初から、年代別ではなくテーマ別に作品を展示する特徴を掲げている。美術史をリニアではなく、独自のテーマのもと、異なる地域や時代に目を向け、トランスナショナルかつトランスヒストリカルに捉える。それは、アーティストが異なる地域や時代の美術作品から引用し対話するやり方とも共通する、とシン氏は述べ、展示室ごとにテーマを設けて展開するコレクション展の事例を紹介した。

 

グローバルな歴史に向ける新しい視点

ヒュンダイ・テート・リサーチ・センター:トランスナショナル

テート・モダンで現在開催中の「国境を越えるシュールレアリズム」展(2022.8.29まで)は、1920年代のパリに焦点を当てた従来の研究から、より広範囲に世界のシュールレアリズムを捉えたものだ。この展覧会のリサーチを支えたのが、シン氏が関わるヒュンダイ・テート・リサーチセンター:トランスナショナルである。

このリサーチセンターの目的の一つは、テートのコレクションを再定義し、従来の西欧中心の物語からグローバルな美術史に新たな視点を提供することにある。2020年の年次会議では、森美術館、上智大学とのコラボレーションによる「アレクサンドリアから東京まで:アート植民地主義、そして絡み合う歴史(英:From Alexandria to Tokyo : Art, Colonialism and Entangled History)というテーマで、芸術、非ヨーロッパ植民地主義、支配の経験という観点を掘り下げた。英国帝国主義の遺産を持つ美術館として、被支配者側の視点は絶対必要であり、異なる分野と地域、専門性を持つキュレーターを集結させている。現在テートは13名の学芸員をはじめさまざまな都市にアソシエイト・キュレーターを置き、さらにディアスポラや先住民族のアート専門のキュレーターとともに活動している。

「テート・モダンは、ロンドン、そしてイギリスのナショナルミュージアムとしてトランスナショナルに活動します。そのことが、結局のところ我々は何者であるか、誰に向けて話しかけるのかという問いにつながるのです。そして多様な観客が美術館に望むものを通して、我々に指針を与えてくれるのです。」(シン氏)

 

 

【オーストリア】ジャスパー・シャープ(フィリアス ディレクター)

 

フィリアスは、オーストリアおよびオーストリアを拠点とするアーティストの国際的な活躍を強化することを目的に2010年設立された。創設者のシャープ氏は設立の理由として、ウィーンで活動するアーティストたちの、世界とつながっている実感が乏しいという声、そしてオーストリアの公的助成機関が自らプロジェクトを発掘しない受け身の姿勢をあげた。オーストリア国内では十分機能している助成や展示の機会を、国際的な展覧会の機会創出につなげる役割を担うのがフィリアスである。

フィリアスは、オーストリアでは珍しい民間の組織であり、主に国内外の篤志家たちの援助によって運営される。この民間の資金援助は単なる寄付ではなく、資金提供者をプロジェクトや活動のコラボレーターとして迎え入れる。例えば中国の広州ビエンナーレでは、支援者がプロジェクトの選定時から関わり、スタジオ訪問にも同行し、一緒に現地入りしてオープングにも参加した。

フィリアスはさまざまな支援活動を行っているが、そのひとつに、オーストリア作家の美術館や国際展での作品制作がある。世界各地にあるアートインスティテューションに直接コンタクトを取ってコラボレーションを提案し、展覧会の構想に沿ってポートフォリオや資料を送る。そしてスタジオビジットを行い展覧会へつないでいく。すでにベネチアで3回、リバプールで4回、リヨン、シドニーのビエンナーレにもオーストリアのアーティストを送り込んでいる。そして最終的にその作品を国内外の美術館へ寄贈するところまで働きかける。フィリアスの助成は、必ずオーストリア政府の文科省と共同でほぼ5対5の割合で行っている。それによって、国の助成をより現場に沿った質の高い支援に向けることを可能にしている。

 

年間の活動内容

フィリアスの年間活動にビジタープログラムがある。海外のキュレーターをオーストリアへ招聘し、アーティストのスタジオやギャラリーなどへのリサーチ訪問をアレンジしている。また、新たに海外の美術評論家を招聘するプログラムや、美術館の団体訪問も正式に行うようになった。このほか、先駆的なアーティストの作品を紹介する「ファーストモノグラフ」の出版も行い、世界各地に郵送して役立てている。

そして2022年、ウィーン中心部にフィリアス独自のスペースをオープンし、展覧会やプロジェクト、トークやパフォーマンス、上映会などイベントの拠点として、また海外在住のキュレーターのリサーチセンターとして運営していく予定だという。オーストリア国内のキュレーターの海外派遣やインターンシップも準備中で、これらを6人のスタッフで回している。

「自分たちの活動はジグソーパズルの欠けているピースを埋めていくようなもの」とシャープ氏はいう。フィリアスの活動によって、海外で活躍するオーストリアのアーティストの割合は、5-6年前の2倍に増加したという。

「行政、アーティスト、キュレーター、篤志家、それぞれの立場の活動を有機的につなぎ合わせて、どうやったら活かしていくことができるか、常に皆と議論を重ねています。」(シャープ氏)

 

 

【シンガポール】堀川理沙(ナショナル・ギャラリー・シンガポール ディレクター(キュレトリアル&コレクションズ))

 

ナショナル・ギャラリー・シンガポールは、2015年11月、シンガポールの中心部に位置する旧最高裁判所と旧市庁舎の二つの植民地時代の建築を10 年かけて改修、設立された。シンガポールと東南アジアの近・現代美術に関する世界最大のコレクションを有し、多文化多民族社会であるシンガポールとして、多様性と包括性の意義を反映したコレクションを形成している。また東南アジアの美術史を世界の美術史と一体と捉え、この地域の美術を世界へ発信する調査と企画を行っている。

堀川氏は、歴史は静的なものではなく、調査され問い直され、書き直され続けるものと捉えていると語る。かつての支配国である英国テートのシン氏と同様の発言である点が興味深い。

 

東南アジア独特の美術館・博物館の変遷

シンガポールをはじめ東南アジアの博物館の多くは植民地時代の博物館を起源とし、そのため収集分類、歴史の記述行為は植民地時代と深く関わっていた。独立後、多くの国がすぐに自国のコレクションやストーリーを展示する博物館を建設し、歴史を再定義し直すことによってアイデンティティを取り戻そうとした。シンガポールも1976年に国立博物館アートギャラリーが設立され、その後 1996年シンガポール美術館、2015年にナショナル・ギャラリー・シンガポールが誕生し、19世紀から20世紀にかけてのコレクションはナショナル・ギャラリー・シンガポール側に、主に過去20年間に制作された現代美術作品はシンガポール美術館が管理することになった(この両館のコレクションの棲み分けについては現在も検討中)。自国の美術史に特化した東南アジアの他国のコレクションとは異なり、ナショナル・ギャラリー・シンガポールのコレクションは、東南アジア地域全体に焦点を当てている。8,000点余りの作品はマレー半島からより広い地域をカバーしており、シンガポール、東南アジア、インクアートの3つの柱で構成されている。

 

コレクションを組織的に形成し管理保管する シンガポールの文化政策

シンガポールの国立美術館は、ナショナル・ギャラリー・シンガポール、シンガポール美術館、S.T.P.I(シンガポール・タイラー・プリント・インスティチュート)という3つの公共機関でビジュアル・アーツ・クラスターという民間の事業体を構成している。半官半民の体制によって美術館運営に柔軟性をもたらすほか、人的資源や施設の共通利用も可能にしている。

シンガポールの文化政策の特徴として、ナショナルコレクションは、すべて国家遺産局(NHB: National Heritage Board)が管理運営する。NHBの下に、コレクションの保存修復のセクションが置かれ、展示中以外の作品は遺産保管センター(Heritage Conservative Center)が保管し、専任のレジストラーやコンサベーターが管理にあたる。ナショナルコレクションが同じ傘下にあることで、他の美術館・博物館のコレクションへのアクセスが容易になり、キュレーターのリサーチやコレクション管理についての情報共有がなされる。また鑑賞教育や学校教育とも連携して文化的財産の活用にも貢献する。さらにコレクション戦略に対しても各館の収集審査委員会のほか、ナショナル・コレクション・アドバイザリー・パネルが設けられることで、様々な利害対立を防ぎ、統一的なアプローチを可能にしている。

ナショナル・ギャラリー・シンガポールは、国内だけでなく海外のステークホルダーやパートナーと連携して巡回展やプログラムの共同研究を行うことに努めている。パッケージ化された巡回展ではなく、トピックをつなぎ地域のナラティブを探る展覧会を共同で企画する。またアジア各国との専門家同士が集まるワークショップや意見交換も行っている。

「ポストコロニアルな視点で美術の再構築を目指すナショナル・ギャラリー・シンガポールにとって、地域的な連携や協力は非常に重要でかけがえのないプロセスであると考えています。」(堀川氏)

 

2018年 オルセー美術館と南オーストラリア美術館とが共同開催した「光の世紀」展

 

セッション3

  • ディスカッション「アート・コミュニケーションセンター(仮称)が果たし得る役割」

登壇者(五十音順):

植松 由佳 (日本現代アート委員会副座長/国立国際美術館学芸課長)

小池 藍  (THE CREATIVE FUND, LLP 代表パートナー)

塩見 有子 (NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト] ディレクター)

椿  昇  (現代美術家)

保坂 健二朗(滋賀県立美術館ディレクター(館長))

モデレーター:片岡 真実

 

これまでの海外の3つの事例を受けて、日本の現代アートに異なる立場で関わる登壇者が新たなアート・コミュニケーションセンター(仮称)の役割について議論を交わした。

滋賀県立美術館ディレクターの保坂氏は、東京国立近代美術館時代の経験を振り返り、勢いある世界の美術館と伍していくには、館単位で考えられがちな日本の美術館コレクションを見直す時期にあると述べた。「コレクションは一つ」というテートの考え方は非常に示唆的であり、ナショナルコレクションとしての社会的アドバンテージをいかに活用できるかが今後の課題と述べた。また、企画展の国際巡回についても触れ、アート・コミュニケーションセンター(仮称)がその役割を担う可能性は大いにあるとした。

コレクターとの関係が深い小池氏は、テートの8つの取得委員会の仕組みに興味を持った。コレクターにとって、美術館コレクションに関わることができるということはとても魅力的。美術の専門家とコレクターが一緒に日本のアートを世界へ押し出していくことが望ましく、国には作品寄贈の税制措置など法を整備してコレクターを後押ししていただきたい、そしてアート関係者はもっとビジネスに関心を持ってほしいと強調した。

ヒュンダイ・テート・リサーチ・センターの取り組みに注目したのは、企業と協働してアーティストを支援する活動を行うAITの塩見氏。トランスナショナルという視点やヒュンダイという企業との関わりにも注目し、つなぎ手と循環というキーワードが浮かんだと述べた。また世界的な気候変動危機とアートの課題にも言及し、日本はこの分野では後進国であり、この分野でも新しいアートセンターがリーダー的役割を果たすことに期待を寄せた。

アーティストであり教育者である椿氏は、新しいアーティストを生み出すプラットフォームづくりに教育の現場で取り組んできたが、大学自体がアップデートできない問題を日本の組織共通の問題と捉える。構想中のアート・コミュニケーションセンター(仮称)も、組織自体がバージョンアップを繰り返せるかにすべてがかかっていると指摘した。

国立国際美術館学芸員の植松由佳氏は、アートプラットフォーム事業の推進メンバーでもある。国立美術館の創設から70年がたち、国立美術館の役割も変化の時にある。ただ、テートやシンガポールとは予算も規模も異なる日本の状況で、何が必要かを見極めた上でのアップデートが必要と語った。

 

トランスナショナルな視点の重要性

片岡氏は、国内の文化行政と海外の動向を踏まえながら、トランスナショナルな価値を打ち出す重要性について触れた。保坂氏は、2017年秋に国立新美術館と森美術館が共催した「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」、その翌年に東京国立近代美術館で開催された「アジアにめざめたら:アートが変わる、世界が変わる 1960-1990年代(英語タイトル「Awakenings: Arts in Society in Asia 1960s-1990s」)の2つの展覧会に言及した。どちらも日本の美術をアジア美術の中において再解釈することを試みていたにも関わらず、それが国立美術館のこれからの方針となりえるというようには打ち出せていなかった。PRを含め、包括的に日本の動向を発信する戦略の必要性を指摘した。

「現代美術はやっぱり世界の文脈を無視して日本だけで語ることはできない」と小池氏がいうように、不安定な世界の情勢の中で、国を越えた協働はますます重要になる。「実は、アーティストたちはすでにトランスナショナルに活動している。彼らの知見から学ぶことも大切ではないか」と塩見氏は発言し、椿氏も、「行政はアーティストの現場の動きをキャッチアップしてほしい。間を繋ぐ人間を増やして、キュレーターも行政も全員がマルチプレイヤーになってともに動くことで、状況をアップデートしていかなければならない」と述べた。

コレクションをトランスナショナルに展開して大英帝国時代の歴史の再解釈を試みるテート・モダン。民間と公共が手を組んで誰もがwin-winな関係を創出する、実践的で即効性あるフィリアスの活動。そして国家遺産局が複数の国立美術館を束ねてナショナルコレクションを管理運営するシンガポールの文化政策。3つの事例は、日本のアート・コミュニケーションセンター構想に対しても多くの示唆を含んでいたが、2時間ノンストップのシンポジウムを終えたあと、新しいセンターに求められる役割は、果てしなく膨大に感じられた。

「何もかもセンターに担わせてしまうとセンター像が霞んでしまうこともあるかもしれない。やはり今後、自分たちが何をすべきなのか、何が必要とされているのか、多くの声を聞きながら考えていく必要があります。」と最後に植松氏。

アート・コミュニケーションセンター(仮称)についての具体的な議論はまだ始まったばかり。アートプラットフォーム事業が5年をかけて築いた成果を引き継いで、ジグソーパズルのパズルを一つずつはめていくような、地道な論点の整理と着実な実践を期待したい。

 

 2023年3月28日付でアート・コミュニケーションセンター(仮称)は国立アートリサーチセンター(National Center for Art Research、略称:NCAR)」(センター長:片岡真実)として設立された。

INFORMATION

文化庁アートプラットフォーム
シンポジウム 「グローバル化する美術領域と日本の美術界:我が国現代アート振興の黎明期~アート・コミュニケーションセンター(仮称)と国立美術館に期待する役割~」

日時:2022年3月11日
主催:文化庁
撮影:金田幸三

WRITER PROFILE

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坂口千秋 Chiaki Sakaguchi

アートライター、編集者、コーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場に携わる。RealTokyo編集スタッフ。

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