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PERFORMANCE

コリン・カリー・グループ
ライヒ《18人の音楽家のための音楽》
東京オペラシティ コンサートホール
2023.4.21-22

Written by 前田圭蔵|2023.7.7

(C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団

開演前のロビーは、すでに異様な熱気に包まれていた。まるで、現代美術館で行われる大物アーティストの展覧会のオープニング・レセプションに来たかのような、ふだんのクラシック専用ホールとはかなり趣の異なるただならぬ雰囲気は、ニューヨーク生まれの作曲家スティーヴ・ライヒの《18人の音楽家のための音楽》(1974-76)の生演奏を、その目と耳でしかと焼き付けようとする熱心なオーディエンスの大いなる期待とパッションからきていることは明らかだった。

期待は裏切られなかった。コンサートの前半では、12人の演奏家による《ダブル・セクステット》(2007)と、東京オペラシティ文化財団も共同委嘱に名を連ね、ライヒ自身の言葉を借りれば、今まで試みたことのなかった新たな作曲法をとりいれて完成された新曲《トラベラーズ・プレイヤー》(2020)が演奏された。前半に配されたこの2曲は、近年のライヒ作品を聴くまたとない体験で、特に日本初演された新曲《トラベラーズ・プレイヤー》は、ライヒという作曲家が、肉声をも含めた「音色」や「音響」、彼の音楽の大きな特徴でもある「和声」や「調性」、さらには「パルス」「リズム」といった音楽を音楽たらしめるあらゆる要素に対してとても繊細かつ鋭敏な感覚の持ち主であることがあらためて証明されたような秀抜な演奏であった。

そしていよいよコンサートの後半は、お目当てである《18人の音楽家のための音楽》。舞台後方には、4台のコンサート・グランド・ピアノ。その手前には、マリンバ、シロフォン、ヴィヴラフォン、さらにその前には、両サイドに女声が二人ずつ座り、その内側のセンター付近の下手側にヴァイオリンとチェロ、上手側にはクラリネットが2人という変則的な編成だ。(付け加えると、楽曲後半ではマラカスも使用される。)そして、この楽器及び声楽編成こそが、一度聴いたら忘れることのできない《18人の音楽家のための音楽》の圧倒的にユニークな“音楽体験“の重要な鍵となる。

《18人の音楽家のための音楽》は、実験的な音楽家として1960年代に音楽活動を開始したスティーヴ・ライヒが、自らの音楽的関心とアプローチを、彼の友人でもあり創作のパートナーでもあった演奏家たちと共に辿り着いた一つの到達点とも言える作品だ。
もちろん、ライヒは、この《18人の音楽家のための音楽》や、その数年前に創作したもうひとつの重要作品《ドラミング》(1970-1971)以前の創作活動の初期から、《イッツ・ゴナ・レイン》や《カム・アウト》などのテープによる実験的作品や、《ピアノ・フェイズ》《4台のオルガン》《6台のピアノ》と言った数々の傑作を世に送り出している。この日、演奏された《18人の音楽家のための音楽》は、もちろん、そうした彼の初期作品の多くにも共通する持続的なパルスとリズムのエネルギーの集合体としての音楽であり、その音楽的”世界観”には通底したものがある。が、ライヒ自身も述べている通り、18人(以上)による演奏という大きな編成、さらに和声構造や楽曲構成も複雑化していて、これは《18人の音楽家のための音楽》での初の試みだ。殊に特徴的な「2種類の異なる時間軸による和声の漸進的な変化」という点で、この作品はライヒ自身のひとつの到達点でもあり、また、後のライヒの作曲にとっての礎、つまり作曲家としてのターニングポイントにもなっていることは彼自身も認めている。

ライヒは元々、打楽器研究にも熱心な人で、1970年から1971年にかけて作曲された《ドラミング》(1971年12月にニューヨーク近代美術館で世界初演)という打楽器と打楽器の響きを模倣する声による作品を発表する。それから数年の間に、ライヒは《6台のピアノ》と《マレット楽器、声とオルガンのための音楽》(1973)も相次いで発表。この両作品は「異なるリズム・プロセスの同時進行を試みる」点でいわば《18人の音楽家のための音楽》のための序章のような作品でもあった。

《ドラミング》《6台のピアノ》《マレット楽器、声とオルガンのための音楽》を経て、1974年、ついにライヒは《18人の音楽家のための音楽》のスケッチに着手することになる。ライヒが最も得意とする、そしておそらくは音色も気に入っている音階を奏でることのできるさまざまな打楽器、マリンバやシロフォン、ヴィヴラフォンを採用し、ベースとなるリズムを刻む基音となる楽器には4台のピアノ。さらにそこに弦楽器であるヴァイオリンとチェロ、そして木管楽器であるクラリネット&バス・クラリネット、声楽(女声)までが加わり、ついに音色的にもそれ以前の楽曲とは比べようのないくらい複雑でユニークな音色(ミュージカル・トーン)による眩暈のするような「ポリフォニー宇宙」が誕生したのである。

《18人の音楽家のための音楽》は、ほかにもいくつかの特徴を有している。まず、この20世紀の傑作は、対旋律やポリフォニック(多声的)な構造を持つという点で、ライヒが敬愛するグレゴリオ聖歌など中世の時代の音楽とも響き合っている。また、ライヒが深く影響を受けている宗教音楽が包含する「崇高性」を感じ取ることもできるかもしれない。ただ、これはあくまで個人的見解だが、ライヒにとっての大きな関心事は、宗教音楽が有する「崇高性」や「高揚性」ではなく、むしろ当時(中世の時代)の音楽がもっていた「非中心性」や音楽的アンサンブルのあり方そのものであったのではなかろうか。

緩やかなフェイドアウトによって終演を迎え、客席は静けさに包まれた。そして割れんばかりの拍手。演奏をリードした舞台上のコリン・カリーが、今回は来日しなかった作曲家に最大の拍手を!と言わんばかりに何度もライヒの楽譜を指差して称えていたのが印象的だ。

そして僕は、以前、ライヒ率いるミュージシャンたちを招聘し、まさに《18人の音楽家のための音楽》のリハーサルをしていた時、彼がこの作品について話してくれたことを思い出していた。

「KEIZO、この《18人の音楽家のための音楽》には指揮者がいないだろう。そう、この作品は、バンドが新曲を生み出すようにして生まれた曲なんだよ。僕は指揮者が統率して演奏されるハイエラルキックな音楽はあまり好みじゃない。そうではなくて、演奏家たち各々が、他の演奏家たちが出す音を一瞬たりとも見逃さず、聴き逃さずに互いを注意深く見合い、聴き合うことで初めて成立する自律的な(ジャズやロック・バンドのような)演奏形式が好きなんだ。そう、音楽はデモクラティックでなくっちゃね。」

1974年のロンドン公演ではブライアン・イーノ、1976年のベルリン公演ではデヴィッド・ボウイの訪問も受けた、と当時嬉しそうに語っていたライヒ。彼の音楽の人気の秘密は、曲の背後に宿るこの民主主義に根差し、さまざまな垣根を飛び越え自由に往来する「ポエティック・ジャスティス(詩的正義)」の思想にあるのかもしれない。

INFORMATION

コリン・カリー・グループ
ライヒ《18人の音楽家のための音楽》

2023年4月21日/4月22日
東京オペラシティ コンサートホール

WRITER PROFILE

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前田圭蔵 Keizo Maeda

多摩美術大学芸術学科卒。世田谷美術館学芸課に勤務後、株式会社カンバセーション&カムパニーで、音楽やパフォーミングアーツの企画制作やレーベル運営等を手掛ける。また、2001年より、ウェブサイト・マガジン realtokyoの立ち上げに携わる。2005年に愛知県で開催された日本国際博覧会では、数々の国際プロジェクトを担当。 「フェスティバル/トーキョー」2011アソシエイト・ディレクター、「愛知トリエンナーレ」2013パフォーミングアーツ部門プロデューサー、「六本木アートナイト」2014メインアリーナ担当ディレクター、「国際芸術祭あいち2022」パフォーミングアーツ部門アドバイザーなどを歴任。また、2012年以降は、公益財団法人東京都歴史文化財団東京芸術劇場のスタッフとして、国内外のパフォーミングアーツの企画制作等に携わっている。

(photo: Ryuji Miyamoto)

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